第21話「衛さんは何か言い残すことはありますか?」
――天原衛
とうとうこの日が来てしまった。
俺の目の前に立っているのは、ブルーグレイのツナギの上からオレンジ色のウインドブレーカーを羽織っている恵子。
学校指定のジャージは魔法戦で使うには耐久性がイマイチだったので、信頼と実績のワーク〇ンに頼ることになった。
ミ・ミカと由香も、恵子と同様ワーク〇ンで購入した装備で身を固めている。
「それではニビル紹介動画の撮影を始めましょう。衛さんの栄えある初試合の相手は恵子さんです」
スマホを構えた由香にむかって恵子はどや顔を決める。
「お兄ちゃんの師匠は私なんだから、私が相手してあげないとね」
「だそうですが、衛さんは何か言い残すことはありますか?」
「言い方に悪意しか感じないぞ。俺は死ぬつもりはないからな」
「安心して、死んでも私が生き返らせるから」
恵子の全く安心できない発言を皮切りに試合が開始された。
俺は細胞に魔力を吸収すると同時に、二週間前にミ・ミカに殴られたときの衝撃をイメージする。
あのパンチを俺の拳から放つ。
「おりゃああ!」
拳は強く握らない。
パンチの威力は肉体強化魔法で出すものなので、スピード重視の当てるだけの打撃を繰り出す。
格闘技をやっている人に見られたら怒鳴られそうなパンチの打ち方だが、恵子は律義に回し受けで防御する。
彼女の攻撃を受ける動きの所作はとてもキレイだ。
パンチを受けるときに必ず足を動かし、身体の正面を隠す体勢を彼女は絶対に崩さない。
「恵子さん攻撃してください。格闘技の試合なら警告取られますよ」
「そうなの?」
恵子は小さくつぶやくと、彼女は俺のパンチを回し受けによって受け流さずに、左腕を盾にして受け止める。
パンチの衝撃が左腕、顔面、身体全体の順番で駆け抜け、恵子の身体が吹っ飛んだ。
「おい! 大丈夫か?」
俺がミ・ミカのパンチを食らった時みたいに身体がボールみたいに吹き飛んだわけではない。
しかし、恵子の身体が後方にはじけて倒れこむのを見て、俺の方がビックリしてしまう。
「大丈夫に決まってるでしょ……っと」
恵子は両足をテコにしてピョンとその場で立ち上がる。
「お兄ちゃん、自分のパンチの威力をよくわかってないみたいだから私が身体を張って教えてあげたのよ。肉体強化魔法ちゃんと発動してるわよ。じゃあ、こっちから行くわよ」
恵子が飛び込んで殴りかかってくる。
殴り方は俺と同じ当てるだけの打撃。
回し受けに自信がなかった俺は、腕を盾にしてパンチを受け止め……ドン!
衝撃が身体を駆け抜け俺はさっきの恵子と同じように吹っ飛ばされる。
「ミ・ミカ以外の人が攻撃を自分の身体で受け止めるのはオススメできないわね」
俺からダウンを奪った恵子は仁王立ちでそうつぶやいた。
尻もちをついた俺は恐る恐る立ち上がる。
盾にした右手は動く、骨も別に折れてない、ダメージはゼロじゃないけど無視できるレベルだ。
「私の体重は四〇キロ前後、お兄ちゃんは五〇キロ台後半かな? 肉体強化魔法でダメージは軽減できるけど、パンチの衝撃を体重が受け止めきれないの」
「だからお前は徹底して受け流していたんだな」
「大正解ッ!」
恵子が再び飛び込んでくるのを見て、今度は俺も回し受けによる防御を試みた。
こうして、俺の初めての魔法戦&ニビル紹介動画第一回撮影は終了した。
「思ったよりちゃんと撮れてますね。動画としても映える画もありますし」
「映える画って、俺のダウン大会のことじゃないか」
動画の内容は基本的には俺と恵子の殴り合いなのだが、後半から俺が防御失敗→吹っ飛び→ダウンのシーンがリプレイ映像みたいに差し込まれている。
格闘技の試合でもKOシーンはハイライトなので、動画映えはするかもしれない。
「これで動画完成ですか?」
ミ・ミカがキラキラした視線をこちらに向けてくる。
「いや、これにテロップとか効果音とか入れる。でないと意味わからんからな」
その編集作業は――俺がやるしかないだろうな。
動画投稿から一週間経過後。
今日は由香とムツキを家に呼んで今後の展望を話し合っていた。
「再生数一二回」
実績はご覧のありさまである。
これでも俺は頑張ったのだ。
タイトルに『異世界から魔法使いがやってきた』思いっきり煽り、二日間徹夜でテロップや効果音入れ、参考にするために嫌いなヒ〇キンの動画を我慢して見たりもした。
「キビシイですねえ。CG乙とかウソ松みたいなツッコミすら恋しくなります」
由香の指摘するとおり、動画には批判的なコメントどころかまともな反応すら上がっていない。
そもそも誰も見ていない、そんなガッカリな結果が表示されていた。
「けっこう面白いと思うんだけどなあ。ヒ〇キンの動画なんてよく判らないオッサンが無意味に騒いでるだけじゃない」
「恵子さん、クラスでそういう発言はヤメテけろ」
恵子はファンに聞かれた殴られそうなことを平然と発現する。
こいつの怖いところは、何処だろうと自分の言いたいことを平然と口にするところだ。
「だって有名〇ou〇uberって何億も稼ぐんでしょ、あんなので何億も行けるなら私達だって一攫千金狙えそうじゃない!」
「妹よ、そうは言っても大衆は意外とあんなのが好きなんだ。特に小学生」
〇ou〇uberが配信している動画の内容は、テレビのバラエティ番組と同じようノリがほとんどだ。
テレビ離れが取り沙汰されることも多くなったが、いまでもバラエティ番組が好きな人は決して少なくないし、日本の小学生は似たようなノリの動画を作っているヒ〇キンが大好きだ。
「だいたい、金持ちになったとして、その金、何に使うんだよ?」
不老不死で、自力で超音速飛行出来る奴がこれ以上なにを求めるというのだ。
「お金があったら欲しいもの……みんなで、スイーツバイキングとか?」
恵子の口から予想より一〇倍くらいヒドイ回答が飛び出す。
「わかった。明日連れてってやるから」
「マジ! 本当に連れてってくれるの!? ミ・ミカが一緒でもいい?」
恵子の眼の色が急に変わってググッと顔を近づけてくる。
恵子さん、近いです。
「ミ・ミカも一緒に連れてくから、今は黙ろうな」
「やった! ミ・ミカ、明日はスイーツ食べ放題だよ」
「よかったですね」
興奮した恵子に手を取られたミ・ミカは苦笑いを浮かべていた。
「ちなみに、山野さんに動画を見てもらった感想は『殴り合いだけ見ても退屈だし、何やっているのかよく判らないでした』」
辛辣な意見だがハッキリ言ってくれたのは、山野さんが率直な意見をくれたのはお世辞でお茶を濁したら改善点が見つからないからだろう。
「俺や恵子が吹っ飛んでるシーンだけはアクション映画っぽいんだけどなあ」
「そもそも殴り合いというのが女子に受けが悪いのかもしれませんね」
「あとパンチが当たっても二人とも無傷だから、緊張感が全くないのだ」
動画撮影の際、恵子は俺が怪我をしないよう肉体強化の出力を落として試合をやっていた。
俺の方は強化した筋力に骨の強度が追い付かず、指を骨折していたのだが視聴者にわかるはずがない。
「軽く怪我する程度に肉体強化の出力上げるのはどうですか? 私が鼻血とか出したら少しは緊張感も出るのでは」
「ダメダメ、それは絶対炎上する」
ミ・ミカみたいな女の子が、顔面殴られて鼻血を出すようなシーンは刺激があるし話題もさらえると思うが、その後に起こるのは『児童虐待』、『いじめ』に対する批判で炎上する。
炎上商法と言って手段を択ばずに知名度を高めて、その後の活動に生かす手法も存在するが。
「『いじめ』で炎上したら魔法云々の話を誰も聞かなくなるだろ」
「私達の目的は地球に移民することなので、評判を悪くするのは避けたいですからね」
「目的を問わず有名になりたいなら、テロでもした方が手っ取り早いんだよ」
そんなことをすればニビルの民を移民として受け入れてもらえなくなるので論外だ。
「思ったんだけどさ、ニビルや魔法使いの存在アピールのためなら別に魔法戦見せなくてもいいんじゃないの?」
俺たちの議論を輪の外から聞いていた恵子がポツリと呟き、俺達は一斉に恵子の方に振り向いた。
「殴り合いだと魔法使ってるように見えないって話なら、これならどうなの?」
恵子は人差指を俺達の方に向けると、ポンと音がしてライターくらいの大きさの火が彼女の指に灯る。
「あっ、魔法っぽい」
魔法が使えない俺は恵子が火を出すのを見て感動ものだったが、他の三人は無言で恵子の灯した炎を見つめている。
「えっ、それですか!?」
「いや……それはいくらなんでも……」
「なんか問題あるのか?」
「恵子の使った魔法は学校で最初に教わる基礎的な魔法で、子供でも使える奴なんです」
ミ・ミカは自分の人差指を立てるとポンと音が鳴り、指先にライターサイズの炎が灯る。
「あれ? ミ・ミカは肉体強化以外、飛行と硬化しか使えないって言ってなかったか?」
「実戦レベルで使えるのが三つだけなんです。学校で教える初歩的な魔法は使えます」
「ド〇クエで最初はメ〇しか使えないのと同じですね。レベルが五〇を超えた勇者はメ〇とか使わないじゃないですか」
「小さい火を起こすだけならライター使えばいい話なのだ」
ニビル組は実用性の無い魔法にあまり興味がないらしい。
火をおこすならライターを、そよ風を起こすならウチワを使えばいい。
その代わりに筋力を強くするとか、脳の情報処理速度を上げるとか、実用的な魔法の訓練に時間を使う方が合理的という考え方なのだろう。
しかし……。
「視聴者は魔法の実用性とか気にしないと思うぞ」
試しに制作した恵子が指で薪に火をつける動画は、三日で再生数が五〇を超えた。
今年最後の更新になります。来年もまったり好きなものを書き続けられたらいいなと思っています。




