第20話「お前ら陸上部行ってもやっていけそうだな」
――天原衛
「ぜえ……ぜえ……」
一通り走り終えた俺は、その場で倒れこみ大の字になった。
ジャージが汚れるが知ったことではない、心臓がバクバクと激しく脈打ち今にも爆発してしまいそうだ。
「お兄ちゃん、大丈夫? 生きてる」
恵子がしゃがみ込んで俺の頬をツンツンとつつく。
「いきなり……だっしゅ……きつい……」
「でも、初めて走り切りましたね。二週間でここまで来たなら大したものですよ」
ミ・ミカが拳をグッと握って賞賛の言葉をくれる。
俺がやっていた練習メニューは、運動部の練習で一番キツイと言われる800メートルダッシュ。
学校のグラウンドが使えないため河原沿いで練習しているのだが、グラウンドと違って地面がボコボコしているので疲労は倍率ドンだ。
初心者にやらせる運動ではないと思うのだが、恵子に言わせると。
「有酸素運動じゃ肉体強化魔法の出力上がらないの。魔法込みでガンガン負荷をかけて限界を超えたら少しだけパワーアップする。強くなる近道はこれをひたすら繰り返ことしかないわ」
すさまじく根性論に聞こえるのだが、『気合と根性』で魔法は強くなるらしいので、別の意味で理論に基づいたトレーニング方法なのだろう。
恵子とミ・ミカは走り慣れているらしく、俺が一本走り切るだけでもホウホウのていの800メートルダッシュを10本、肉体強化魔法を使わずに走り切っている。
「お前ら陸上部行ってもやっていけそうだな」
「私は、陸上部の顧問から誘いが来たわよ。今ならまだ大会エントリー間に合うとか言ってた」
「マジか!? 入部するのか?」
脳内で陸上ウェアを来た恵子の姿を想像してみる。
少し……いや、すごくエッチだ。
「断ったから変な期待はしないでね。あと一か月で引退なのに部活入る意味ってなによ。間違ってリレーのメンバーに選ばれたりしたら一生恨まれるじゃない」
「大会で勝って実績作りたいと思ってる顧問ならねじ込んできそうだよな」
恵子は足の速さだけならミ・ミカも超えるナチュラルボーンスプリンターだ。
「ミ・ミカなら部活に入ってもいいかもね。バレーの授業で無双して、いま女子の間ではちょっとした有名人になってるし」
同じクラスなので恵子が体育の授業を受けている姿は目にしたことがあるが、彼女はバレーやバスケするとき、積極的に攻撃せずに黒子役に徹して目立たないよう手を抜いている。
しかし、同じことをミ・ミカで出来るのかと考えてみると……。
「わっ、わたし体育の授業で魔法使ってないですからね!? それにバレーの授業で無双なんてしてないですよ。私が打ったスパイク半分くらいアウトだったし」
「あなたの身長でバックアタックが決まるなら一か月で、バレー部のエースになれるわ」
「バックアタック!?」
俺は思わずミ・ミカの顔を二度見した。
ミ・ミカの身長でバックアタックが決めるには垂直飛びでとんでもない高さのジャンプをする必要がある。
「たまたまですよ、セッターの人がバレー部で上手い具合にトスを上げてくれたから」
ミ・ミカは両手をバタバタさせて自分は悪くないとアピールしていたが。
「セッターはミ・ミカなら成功すると判断したわけだな。なんか言われなかったか?」
「一緒に全国目指そうと……私も入部しませんからね」
まじめな性格のミ・ミカは手を抜けないので、今後も注目の的になりそうだ。
自分で言うのも悲しい話だが、俺は運動神経抜群の恵子やミ・ミカとは違う。
天原衛という人間は。陰キャであり、モブキャラ、負け組だ。
大勢の中で空気を読むのは苦手だし、自己主張をするのも苦手、趣味は自作小説の執筆という徹底したインドアマン。
そんな俺が、〇ou〇uberデビューすることになるなんて去年までに夢にも思わなかった事態だ。
しかも、ジャンルは恵子達と試合をする様子を撮影する対戦バトルアクション。
断ればいいという考えもあるが、動画撮影は自分で言い出した企画だし、なにより最愛の妹からお願いされた。
お兄ちゃんとしては頑張るしかない。
とはいえ、何の準備もなく恵子達と試合やったら大怪我どころかマジで死ねるので、魔法使いとして最低限の動きが出来るよう特訓を受けている。
特訓開始から二週間、これでも少しはマシになったのだ。
初日は400メートル走ったら酸欠でぶっ倒れたからな。
救いなのは、恵子とミ・ミカが付きっきりでトレーニングに付き合ってくれることだ。
もっとも、二人は地球に来てからも朝五時に起きて二時間、放課後に二時間のトレーニングを欠かしていなかったらしいので、俺が二人のトレーニングに付き合っている感じだ。
「上段! 下段! 中段!」
800メートルダッシュに続いてのトレーニングは、恵子が宣言した場所を攻撃して、俺がそれを防御する約束組手。
少年漫画でよく見る、師匠の技を食らって、技術を盗むという無茶苦茶なことは言われなかったが、恵子の拳はとにかく速いし受け損なえばその場でくの字になるほど痛い。
体力トレーニングと並行して、俺はアナンガ王国の軍隊格闘技を教えてもらっている。
攻撃は突きと蹴りだけなのに、防御は武器と素手の両方に対応する防御重視の目録が特徴で、恵子曰く『とりあえず防御、受け損なってもいいから急所は外せ』とのことである。
「動きの方も二週間で何とか形になってきたわね」
約束組手を一通り終えて恵子はフウと息を吐いた。
肉体強化魔法を使っていないせいか、額にはうっすら汗がにじんでいる。
「明日は無事、第一回の撮影が出来そうですね」
俺の牛歩のような成長をミ・ミカがすごいすごいとはやし立てる度に、俺は不安な気持ちがこみ上げてくる。
明日は、二週間ぶりに全員で集まって動画撮影をする約束していた。
「俺は不安しかないけどな。この二週間で出来るようになったことなんて、細胞に魔力を取り込むって動作が安定して出来るようになっただけだぞ」
「十分、十分、いつまでも先延ばししてもしょうがないし、こういうのは取り合えずやってみて、チャチャっと失敗した方がいいのよ」
恵子は心配するなと言わんばかりに人差し指をチッチッと振った。
由香は山野さんに、動画撮影のやり方をいろいろと聞いているようだが、やってみなくては判らないことが多いのは確かだ。
最初の投稿から人気者になれる筈ないので、最低限の準備が出来たらとりあえず撮影して動画投稿してしまおうという方針は正しい。
「君達、ちょっといいかな?」
不意に声をかけられて振り向くと、黒いスーツを着た男が立っていた。
年齢は三〇歳くらい、社会人らしく撫でつけたヘアスタイルで、スポーツマンっぽい肩幅の広いガッチリとした体格の持ち主だった。
「怪しいものではないっていうのも変な話だけど、僕は週刊誌の記者でね。先月星野山中学校で起こった屋上爆発事件のことを調べてるんだ」
男はポケットから名刺を取り出して俺に手渡してくれる。
名刺には顔写真付きで『週刊ウワサの真相 岡田巧』と記されていた。
俺は緊張で少し身を固くする。
彼が言っている『屋上爆発事件』というのは、間違いなく恵子と由香が戦って学校の屋上を破壊した一件のことだ。
「君達、星野山中学校の陸上部だと思うんだけど、ちょっと話を聞かせてくれないかな」
「あんた何者? 屋上爆発の一件は事故でけ……」
恵子が余計なことを言おうとしたので俺は慌てて口をふさいだ。
「すいません。こいつ俺の妹なんだけど、イヤな思い出があってマスコミの人を変に敵視してるんですよ。失礼なこと言わないようちゃんと言い聞かせるので。あと、屋上爆発事故については何も知らないです。俺達、その時間学校にいなかったので」
「んー! んー!」
口をふさいだ恵子が両腕をバタバタ振って暴れるので羽交い絞めにして拘束する。
発言させたら、この女は確実に墓穴を掘ると俺は確信していた。
「妹にあまり乱暴なことをするのは感心しないな」
「そうですね――岡田さんはお仕事で話聞きたいだけなんだ。変な人じゃないから、失礼なこと言わずに黙っててくれ」
俺は恵子の口から手を離して、彼女の背中をポンポンと叩いてから解放してやる。
恵子は訝しげな表情をしていたが、俺の注文通り口をつぐんでくれた。
「仲のいい兄妹なんだな、羨ましいよ」
「双子なんで距離が近いのかもです。あと、屋上の件は本当に何も知らないです。二人も何も知らないよな?」
俺が話を振ると、恵子は黙ってこちらをにらみ付けるだけだったが、ミ・ミカはコクコクとクビを縦に振ってくれた。
「そうか、ありがとう助かったよ」
「いえいえ」
俺は作り笑顔を浮かべつつ、岡田が早く立ち去ってくれることを祈った。
この岡田という男、明らかに怪しい。
屋上の爆発については学校からは『事故』だったと一応の説明があったし、約束組手をしていた俺達に対して『君達、星野山中学校の陸上部だと思うんだけど』と声をかけた。
こいつ、発言の中にあからさまなツッコミどころを用意して相手に指摘させることで、情報を引き出そうとしている。
全員が沈黙する気まずい時間が数秒流れたのち、岡田はきびすを返した。
「どうでもいい話なんだけど、中体連の女子800メートルの日本記録二分七秒五一だから」
岡田が去り際に言い捨てた言葉に俺はゲロを吐きそうな気分になった。
二分七秒台は、恵子の800メートルダッシュの平均速度だ。
体力トレーニングのとき、恵子とミ・ミカは肉体強化魔法を切って素の身体能力だけで運動しています。素の身体能力でも国体に出られるくらいの才能はあると思います。




