第8話「楽しいニビル講座その3」
――天原衛
「けっ、恵子! はっ、恥ずかしいのは禁止です」
ミ・ミカは、男女の絡みに慣れていないらしく、抱き合う俺達を見て耳まで真っ赤なって両手をバタバタさせている。
「いやいや、私とお兄ちゃんは双子の兄妹なんだから変なことはしないわよ」
俺にギュッと抱き着いたまま、全く説得力の無い言葉を恵子はのたまう。
「でも、恵子と衛は兄妹にしてはなんか距離が近い気がするのですが」
「ははは……」
俺は笑って誤魔化すことにした。
双子とはいえ二卵性なので、俺と恵子は正直あまり似ていない。
そういう意味では歳の差のある兄妹と関係性はあまり変わらないのだが、一般的な男女の兄妹にくらべて距離が近いという自覚はある。
「私達、五年ぶりに再会したんだよ。感動のあまり抱き合うくらい、普通だよ、フツー」
だよな、五年ぶりに再会した兄妹が感動のあまり抱き合ってしまうのは仕方ないと思う、多分。
「とりあえず、私から説明することは以上かな」
恵子の長い話が終わった。
①恵子は五年前、ニビルという名の異世界に誘拐された。
②恵子は、ニビルでアヌンナキと呼ばれる不老不死の存在に改造された。
③恵子は、アヌンナキの力を使ってクサリクと呼ばれるニビル人を地球に移民させようとしている。
④ミ・ミカは恵子の護衛として地球にやってきたクサリクという種族のニビル人。
⑤恵子とミ・ミカとは別に、中島由香とムツキというニビル人が地球に降りてきている。
⑥俺は、中島由香に一度殺害された。
⑦殺害された俺を、恵子は使い魔にすることで生き返らせた。
⑧生き返った副作用で、俺も不老不死になった。
「要約するとこんな感じか?」
俺は現状起こっていることを紙に書き出してみる。
「細かい勘違いはありますが、大筋は合ってますね」
「これが今日一日で起こったことだと信じたくないのですが」
転機というか、人生が変わる大事件が大量発生している状況に頭が変になりそうだ。
「さだめじゃ……」
「お前のせいでもあるからな!」
「いたた、お兄ちゃん暴力反対」
本気で悩んでるときにギャグを入れられてムカついたので、恵子のモチモチほっぺを思いっきり引っ張ってやる。
「というわけで、お兄ちゃんお願い、私の仕事手伝って」
「何が、というわけなんだ!? 兄妹そろって不老不死になってこの先どうなるか不安しかないぞ」
物語で出てくる不老不死は、愛する人に先立たれ一人孤独に生きる寂しさを語る悲劇物が大半だ。
歳をとらないと今は良くても数年後周りから奇異の目で見られるかもしれない。
「そんなの気にしても仕方ないでしょ。自殺するわけにもいかないし、解決法のないことについて悩んでも時間の無駄じゃない」
「………………」
俺だけじゃない、ミ・ミカもジト目で恵子の顔を凝視する。
あっ、やっぱりこいつは天原恵子だ。
俺の中で、今の恵子と、五年前の恵子が、この瞬間はっきりと重なった。
俺の妹、天原恵子はギャルゲーメインヒロインのような容姿端麗、成績優秀、運動神経抜群というスカした女の子だ。
誘拐される前、小学生のころも勉強も運動も常に学年で一番だった。
特に足の速さは天才的で、小三ときクラスリレーのアンカーになった恵子は、同じくアンカーになっていたサッカークラブに通っている男子を追い抜いてクラスを勝利に導いたこともある。
しかし……。
その後、恵子に抜かれて泣いて悔しがっている男子に「負けたのが悔しいならもっと走る練習したら?」と血も涙もない言葉を吐いて別の意味で彼女は伝説になった。
「お兄さん、ごめんなさい、本当にごめんなさい。でも、恵子はこういう奴なんです」
「気にするな、俺も兄だから恵子がこういう奴なのは知ってる」
どうやらミ・ミカは恵子がどんな奴なのか理解しているらしく、その事実に俺は少しほっとした。
「なんで二人ともため息ついてるの?」
「恵子、少しは人の気持ちを考えろと言ってますよね!?」
「えっ、お兄ちゃん不老不死嫌なの? そうなると二人で心中するしか手はないけど」
「心中はしないからッ!」
この女に俺の不安と悲しみをわかってもらうのは無理だ。ってか、恵子のおかげで悲しい考えは吹き飛んでしまった。
「わかったよ、クサリクの移民をガイドするの手伝ってやる。しかし、俺はただの中学生だし役に立たないと思うぞ」
「最初にやるのは現地の調査と情報収集だから、この家に私とミ・ミカを住まわせてくれれば十分よ。あと、いろいろと知恵を出してくれると助かるわ」
「知恵を出すのはお前の仕事じゃないのか? 俺、学校の成績でお前に勝ったこと一度もないぞ」
「そうかな? 私は、自分がお兄ちゃんより頭がいいと思ったこと一度もないわよ。いいから、何か考えて提案してちょうだい」
提案しろって、丸投げかよ……相手が恵子じゃなければ、その場で席を立つところだ。
「じゃあこの場で思いつくことだけ考えようか。まず、クサリクを三万人地球に移民させるのが最終目標だよな。定住する場所はどこでもいいのか?」
「どこでも良くはないですね。前回は肥沃な土地を選んで移民したらしいので、今回も農業がしやすい土地がいいです」
ミ・ミカの意見はもっともだ、ここでどこでもいいと言わない辺り彼女もバカではないらしい。
「ん? いま、前回の移民ではって言ったか?」
「最初から言ってるじゃない、ニビルは地球とアクセスできるときに、生き物の交換をしてるって」
「ってことは、異世界から人が来るのは今回が初めてじゃ……」
「うん、今までも五〇〇〇年に一度、ニビルから移民は来てるわよ」
「五〇〇〇年。前回は五〇〇〇年前」
俺はカバンからスマホを取り出して検索する。
「何してるんですか?」
スマホを触る俺の様子を、ミ・ミカはきょとんとした顔で眺めている。どうやら、彼女はスマホの存在を知らないらしい。
「これはスマホといって、インターネットから自分の知りたい情報を引き出すことが出来る機械なんだ」
キーワードは五〇〇〇年前、または紀元前三〇〇〇年……あった!
『シュメール人』
俺のスマホに、五〇〇〇年前地球に訪れたクサリクの記録が記されていた。
「シュメール人は、現代のイラク南部ユーフラテス川とティグリス川に挟まれた地域で、古代メソポタミア文明と呼ばれる都市国家群を築いた民族の総称。彼らは紀元前三五〇〇年から三〇〇〇年前後に突如現れ、人類最古の都市を作り、文学、数学、天文学、社会学的に偉大な功績を残した。楔形文字、六〇進法、太陰暦はシュメール人が発明したもの」
「ああ、それっぽいわね」
「年代もあってるし、遺跡の形がニビルで発掘されるものとそっくりです」
スマホに表示されたシュメール人の記録を見た恵子とミ・ミカは、感心したようにコクコクと首を縦に振る。
「シュメール人の登場で文明がいっきに進歩したから、シュメール人は宇宙人なんて都市伝説もあるみたいだな」
「宇宙人じゃなくて異世界人が正解なんて夢にも思わないよね」
「シュメール人は、紀元前三〇〇〇年頃からメソポタミアに都市国家群を建設して、紀元前二〇〇〇年頃にウル第三王朝の滅亡と共に歴史の表舞台から姿を消すか」
残念ながらミ・ミカのご先祖様が作った国は今では遺跡という形でしか残っていないらしい。
「ミ・ミカのご先祖様ってどうなったのかしら、全滅しちゃったの?」
「いや、地球人に同化したんだと思う」
「ニビルの歴史でも国って長くても五〇〇年くらいで滅びているので、民族の名前が一〇〇〇年も残ったなら上出来ですね」
人類の歴史は一〇〇年から五〇〇年スパンでの戦争と政変の連続だ。
ミ・ミカの話を聞く限り、ニビルの歴史も地球と大きく変わることはないみたいだ。
「えっと、楔型文字を今でも使ってたりする? あと、六〇進法とか」
「楔型文字は使っていませんね。五〇〇〇年前の記録はニビルでも遺跡でしか残っていないです。あと、六〇進法って何ですか?」
「数字の数え方、六〇秒で一分になり、六〇分で一時間になる」
「はい、それは使っています!?」
地球とニビルで時間の数え方が同じという事実にミ・ミカは驚いて口を半開きにしている。
五〇〇〇年前のクサリクは想像以上に優秀な知的生命体だったらしい。
「地球では五〇〇〇年前に何があったか判ってるのね。ちなみに、ミ・ミカのご先祖様が最初に地球に降りたときの記録って残ってるの?」
確かに、俺達にはそれが一番重要だな。
「えっと、メソポタミアは紀元前五〇〇〇年頃からウバイド文化って呼ばれる小規模な集落で構成された文化圏があったけど、紀元前三〇〇〇年頃から都市国家で構成されたウルク文化に移行してるって書かれてるな。で、このウルク文化の支配者層はシュメール人っていうミ・ミカのご先祖様だと思われる」
「〇〇の戦いみたいな歴史的な事件の記録は無いの?」
「無い。シュメール人登場前は文字が存在しないから年表に書けるようなハッキリとした記録は無い」
発掘された遺跡の年代を見てなにが起こったか空想したのだとすれば、ネットに書かれてることを調べた考古学者はスゲーと思う。
「多分、ニビルから地球にやってきたクサリクはメソポタミアを征服して自分達の国を作ったんだな」
ネットでは、シュメール人は現地を征服してウルク等の都市国家群を作ったと書いているので、クサリク=シュメール人だとすれば五〇〇〇年前に移民してきたクサリクが何をやったのか朧気ながら概要が見えてくる。
「つまり、五〇〇〇年前は地球にやってきたクサリクは即戦争をやったということね」
俺が言いたくなかった結論を恵子がズバッと口にする。
「いや、時代が違うからな。五〇〇〇年前に侵略戦争やったからといって、今やっていい理由にはならんからな」
俺は恵子がミ・ミカと同じような額に角がある人たちを率いて適当な国に戦争を仕掛ける姿を想像して背筋がゾクッと寒くなる。
それに、戦車や戦闘機といった現代兵器にミ・ミカ達が勝てるはずがない。
「とにかく戦争はダメだッ! 戦争するつもりなら俺は協力しないからな」
「わかってるわよ。私だって戦争や犯罪は出来るだけ避けるつもりよ」
恵子は安心しろと言わんばかりに肩をすくめるが、『出来るだけ』なんて言ってる時点で全く信用できない。
「今日はこのくらいにしたらどうですか? ご先祖様が何をしたか判っただけでもすごい成果だと思います」
「なら明日は図書館でも行ってシュメール人について調べるか? 本当なら大人に相談すべきだと思うが、事情を理解してくれる奴なんで他にいないぞ」
五〇〇〇年前に移民したクサリクが、シュメール人になったと判ったのは大きな成果だがこの先どうすればいいか想像もつかない。
「あっ、居るじゃない! 私達のほかに事情を知ってる人」
恵子はひらめいたと言わんばかりに両手をパンと打ち合わせた。
ニビル講座は&初日の出来事はここでおしまいです。
歴史に詳しい人なら気づいていたと思いますが、本シリーズで使っている固有名詞は全部シュメール神話が元ネタです。




