第7話「楽しいニビル講座その2」
――天原衛
「ニビルって異世界があるのはわかった。そこに住む連中が魔法得意なのもわかった。それはそれとして、YOUは地球に何しに来たんだ?」
今までの話を聞く限り、恵子がただ家に帰ってきたとは思えなかった。
そもそも、護衛を名乗る現地人の少女が付いてきているのがとても怪しい。
「私は地球に移民するクサリクの民を先導するために帰ってきたの。ニビルではナビゲーターって呼ばれていたわ」
「はっ、移民!? ミ・ミカの仲間が地球に来るのか!」
「今ニビルで希望者を集めていて、最低でも三万人くらいは地球に降りてくる予定よ」
「三万って多すぎだろッ!! それ全員が魔法使えるんだよな」
中東の難民を受け入れたヨーロッパでは、難民の扱いをめぐって社会問題が起こっているとニュースで見たことがある。
三万人もの魔法使いが地球に降りてきたら何が起こるか想像もつかない。
「そう、ですね……移民団は兵士とその家族ってことになるので三分の二は非戦闘員になるかと……」
「三分の一は兵士って、それ地球侵略じゃねえかッ! そもそも何のためにクサリクは地球に来るんだよ?」
「進化するためよ」
不意に恵子の顔から感情が消え失せ、棒読みのセリフをポツリとつぶやく。
「これはティアマトの受け売りなんだけど、生き物が進化したり成長したりするには環境の変化が必要なんだって。今までも五〇〇〇年周期で地球と生き物の交換をして、環境の変化を誘発していたらしいわ」
「生き物の交換ってことは、地球の生き物をニビルに送ることも任務なのか」
「そっちは知らない。私が頼まれたのはクサリクが地球に移民できるようにガイドすることだけだし」
「私達クサリクは、『地球に移民団を出せ』という啓示を受けて行動していますが、別の啓示を受けた者がいる可能性もあるかと」
その話を聞いて、中島由香とムツキの顔を思い出す。
ニビルの生き物を連れていた以上、あの二人も何らかの指令を受けているのだろう。
「ティアマトの奴、性格悪いから直接関係ないことは教えてくれないのよ」
恵子は神様のことが好きではないらしく、吐き捨てるようにつぶやいた。
「そんな奴のいうこと聞かなくてもいいんじゃないか?」
「だって、面白そうじゃない」
「えっ?」
なんか、恵子の口からとんでもない言葉が飛び出したような気がする。
「私、別にティアマトの意思とかどうでもいいのよ。ただ、クサリク三万人が地球に降りたら世界中が大騒ぎになる。歴史に残る大事件の中心に自分が居るなんて考えただけでワクワクするじゃない」
えっ、恵子ってこういう奴だったか?
生まれてから一〇歳までずっと一緒にいたときの記憶では、いつも「お兄ちゃん、お兄ちゃん」といって俺の後をついてくる女の子だった気がする。
「あと、ナビゲーターの仕事放り出しても他にやることがないのよ。ティアマトにチート能力もらったって言ったでしょ」
「言ってたな、どんなことが出来るんだ?」
「とりあえず私、不老不死になっちゃった」
「何じゃそれ!」
俺は今日何回目になるか判らない絶叫をあげた。
「私はニビルで『赤い石』っていうマジックアイテムを身体に入れられて人間じゃないものに改造されたの。他の人に比べて圧倒的に強力な魔法が使えるとか、神器が召喚できるとか色々あるけど、一番大きいのはやっぱり不老不死かな」
「お前はそれでいいのか?」
「良くないわよ。改造前に私への意思確認は皆無だったわ。誘拐されたあと、気が付いたら不老不死になってた」
「ひどすぎる……」
「ニビルでは、私みたいに身体に赤い石を入れて不老不死になった人は『アヌンナキ』って呼ばれてるの。神様の一員みたいな感じかな、アヌンナキを信仰する人もいるしね」
俺の中のティアマトのイメージが血も涙もない邪神になる。
「つまりお前は異世界に誘拐されて神様なったってことか」
「ま、そういうこと。――で、神様になった奴がいまさら全てを忘れて静かに暮らせると思う?」
恵子の考えていることがようやく理解できた。
世界最強になったあとで、プロスポーツ選手になるとか、アイドルになって人気者になったところで、大きな達成感は得られないだろう。
「ただ……私も一つお兄ちゃんに謝らないといけないことがあるんだ」
恵子が急に声のトーンを落とし上目使いでこちらを見てくる。
「私、お兄ちゃんを不老不死にしちゃったの」
「不老不死……俺が!?」
俺は自分をゆびさすと、恵子はコクンと無言でうなずいた。
「お兄ちゃん、由香に手刀で胸を貫かれたの覚えてる?」
「忘れられるわけがない、あれ夢じゃなかったんだな」
胸の中心やや左側、由香の右手がずぶりと音を立てて入ってきたときのことを思い出す。
あのとき一瞬で意識が飛んだのはむしろ運が良かった。
治療を受けたはずなのに、胸と背中は筋肉が引きつって痛いし、肺にも損傷が残っているのか呼吸するたびに左胸がジクジクとした痛みが走る。
「お兄ちゃん本当に危なかったんだよ。出血性ショックで心肺停止、あとは時間経過とともに細胞の壊死が始まるだけって状態だったから」
「いや、死んでるだろ、それ」
「普通に回復魔法かけたんじゃ助けるのは無理。というわけで、お兄ちゃんを私の使い魔にしたの」
「使い魔って、ゲームで魔法使いが猫とかカラスとか使役してる、あの使い魔か?」
「うん、そんな感じ。ニビルで伝えられてる使い魔を作る魔法は、ゲームとは違って契約を結ぶことで猫やカラス以外も使い魔に出来るの。それこそ人間でもね」
「契約ですか?」
あいにく俺は恵子と契約っぽい約束はした記憶はない……が、まあ実質死んでたからなあ。
「で、その契約の方法っていうのが、術師の心臓と、使い魔の心臓を交換することなんだ」
「そうかあ――ってをい?」
改めて左胸を見る。
ここに恵子の心臓が入ってるっていうのか。
「心臓を入れ替えるって、どうやったんだよ!?」
「えっと……時間がなかったから自分の心臓を素手で抉り出して、お兄ちゃんの心臓も抉り出して、こうパッっと」
恵子はなんでもないことのように両手をクロスさせていたが、ミ・ミカは青ざめた顔で首をふっているのを見る限り、とんでもない無茶をやらかしたみたいだ。
「使い魔ってすごいんだよ! 心臓を交換することで私とお兄ちゃんの魂は霊的につながった状態になるから、私の魔力を貸し与えたり、私の知ってる魔法を使わせることも出来るようになるの。今回は私が使える肉体再生魔法をお兄ちゃんに使わせて、ほぼ死体の状態から蘇生させたってわけ」
「そりゃすごいな……とりあえず全部話せ、今の話だけ聞くと俺にだけ都合がよすぎる」
「あはは……」
ててペロと効果音が付きそうなバツの悪そうな表情を恵子は見せる。
しばらく無言で恵子の目を見つめているとあきらめたようにため息をついた。
「大前提として使い魔は、術師である私に『絶対命令権』があるの。魔力を貸し与えたり、自分の使える魔法を代わりに使わせるのも、私が命令したときだけ可能。おまけに、使い魔は術者が生きている限り死ぬこともできないわ」
「あっ、お前自分は不老不死になってるって言ってたな」
恵子が不老不死である以上、使い魔である俺も不老不死ということになる。
「使い魔の魔法って基本的に術者のためにあるものだから、使い魔側にあまりメリットはないんだよね」
「だと思ったぜ。しかし『絶対命令権』ねえ」
つまり俺は、恵子の奴隷として永遠に生き続けなくてはならないらしい。
改めて考えると、これ以上ないほど状況はハードだ。
「まあ、しゃーないか」
「あれ? 怒らないんだ。私、後先考えずにお兄ちゃんを使い魔にしたから絶対怒ると思ったのに」
「死ぬよりはマシだろ」
黄泉返りの代償と考えたらまだ許容範囲内だ。
それに、もし死んでいたら俺は恵子に二度と会えなくなっていた。
「本当にそう思う? お兄ちゃんはもう私から離れられない。気の遠くなるような長い時間ずーっと、ずーっと一緒にいることになるんだよ」
俺は目の前にいる女の子が愛おしくなって無意識のうちに抱きしめていた。
「ちょ! お兄ちゃん、いきなりどうしたのよ!?」
「五年も離れてたんだ。この先、お前とずっと一緒にいるのは悪くないと思った」
顔は見えなかったが、恵子は俺の背中に手を回してギューと身体を押し付けてきた。
「うん、悪くない。私もそう思うよ」




