蜘蛛には知性がある仮説
しばらく前からね、わかってはいたんですよ。
部屋の中に蜘蛛が一匹入りこんでいるなあって。
でも、朝晩肌寒い季節だったし、そのへんに巣を張るわけでもないし、なによりちっちゃなちっちゃな琥珀色の蜘蛛だったので怖いとか思わなかったしで、放置してたんです。
「目につくところに出てこなきゃいっか。それに、温かくなったら勝手に出ていくかもだし」
と思って。
はい、大ざっぱと呼んでくださっていいです。
で、蜘蛛の存在を忘れてましたら今日のこのこ出てきやがりましてですねその子が。
色艶いいけど私の部屋に餌なんてあったっけ。って言いたくなるような元気な足取りで。
この時点で私、気持ち悪いとたいして思いませんでした。怖いとも思いません。
念のため言っておくと、でっかい蜘蛛は怖いですよ。
わしゃわしゃ系っていうんですかね。毛がいっぱい生えてるルックスのあの人たち。あれは嫌です。
でも私の部屋に住んじゃってたその子は、胡麻粒くらいの小さなサイズで、つやつやしてたから遠目に見たら蟻みたいなもんだったし。
で、ここからちょっと引かないでほしいんですが。
とりあえず殺すという選択肢はなかったので、手近にあったメモ用紙に乗せて窓から出そうと試みました。
そしたら素直に乗るんですね。
乗るんですけど、持ち上げた瞬間、飛びました。
おお、蜘蛛って飛ぶんだね。なんて思ってる場合じゃない。
さすがにもう温かくなってきたし、あなたお外に行きなさいよ。なんて言いながら再度メモ用紙の上に乗せようとします。そうすると、乗らないんですよこんにゃろめ。
乗らなかったので仕方ない、手のひらを近づけて手の上に乗せました。ここでも素直に乗るんです。
ですが窓から出そうと高度を上げたとたん、また飛ぶんです。蜘蛛の体長を考えたら結構なハイジャンプだと思うんですけどね。
あからさまに逃げられて、しかも手の届かないところに入りこまれてしまったので、ここでも再び大ざっぱに声かけです。
「踏んじゃうからあんまり出てきたらダメだよ、わかった?」
なんでも話せばわかるかもしれませんしね。わかってくれないかもしれないけど。
で、数時間たってふと見ると、ベッドの上を歩いてるじゃないですか。
あのねー君ねー、それはよくないよー。
同衾するほど君のことが好きってわけでもないしさあ、だいたいプチってされたら君死んじゃうよ? お互い嬉しくないことやめようよ。
とかなんとか言いながら再び手の上に乗せようとします。でも乗らないんです。
はい、ここでタイトルですよ。
蜘蛛には知性があるんじゃないか仮説。
蜘蛛って視力があまりよくないってなにかで読んだことがあります。だからばかでかい異種族である私のことを視力に頼って認識したとはあまり思われないんですね。
でもさっき手の上に乗せた時、その匂いとか感触は理解したのではないか。そして一度はすんなり乗ってきたけれど、二度目は覚えて避けたのではないか。
自慢じゃないですが私なんて、午前中に読んだ本のタイトルが思い出せないとかざらにありますよ。この話は昨日誰としたんだっけとか。
それに比べると、数時間前のことを覚えていて回避するのって知性なんじゃない?
蜘蛛って私が思ってるより頭いいんじゃない?
こんな小さいけどどこに脳味噌入ってるのよ?
なんて思ってしばらくしみじみ眺めてましたけどね。
ポイってしましたよ。
メモ用紙とは別の素材の紙を使って、素早く、窓の外に。ポイって。
ごめんねーあなたとは一緒に眠れないわー。
ま、蜘蛛ですしね。