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補償

お目通しいただき、ありがとうございます。

 スタンレイとフローディテアは、前とは違う控え室の長椅子でぴったりと寄り添いくつろいでいた。

「大丈夫かな…」

 頭をスタンレイにもたれかけ、フローディテアは小さく呟いた。

「どうしたの?」

 スタンレイはフローディテアの頭に頭をのせ、優しく聞き返す。

「カロリーナさん、スゴく落ち着いてて…だって今日初めて妃候補って知らされたんでしょう?わたしだったら慌てちゃってどうしたらいいか分からなくなっちゃうもん。」

(確かに…)

 スタンレイは今までに出会った令嬢を思いつくだけ思い出してみる。

 が、カロリーナのように淡々と対応できる令嬢は見当たらない。

(もし同じような状況であったら…?)

 こちらを睨む恐ろしい形相の令嬢と派閥から殺さんばかりの殺気。

 想像とはいえ、あまりの惨状にスタンレイは身震いした。

「やっぱりわたしよりも何でも出来るんだろうなぁ、って思っちゃった。わたし、勝てるかな…」

「大丈夫だよ、ディティ。彼女は」

(君を勝たせるために、選んだのだから。)

 フローディテアと恋仲になった頃から、スタンレイはフローディテアの競合相手を探していた。

 フローディテアは貴族として認められていないため、せめて相手は伯爵家以上の家門でなければ皇族も貴族も納得しない。

 どこの派閥にも属さない上級貴族のうち、婚約の話もなくフローディテアと険悪でも仲良くもない適齢の令嬢で学校の総評が中くらい、という厳しい条件に当てはまるのがカロリーナだった。

「こういう場に慣れているけれど、ディティは他の部分で負けてない。だから、心配しないで。」

 体を少し離し、フローディテアの手を握りしめてスタンレイはしっかりと彼女を見つめて励ますように言った。

「スタン…ありがとう。わたし、皆に認めてもらえるように頑張る」

 フローディテアは頬を薔薇色に染め、嬉しそうにスタンレイを見つめ返した。

(しかし、遅いな…。母上の性格なら、面子を潰された恥ずかしさと怒りに耐えられないはずだが)

「皇后陛下とシュタール伯爵令嬢がお見えです」

 外からかけられた男性の声に、スタンレイとフローディテアは立ち上がり、迎える姿勢をとる。

(怒り狂ってるだろうな二人とも…)

 スタンレイはごくりと唾を飲む。

 カチャリ、と音を立てて扉が開く。

(さぁ、何とか機嫌を)

 扉の先には上機嫌の皇后がいた。

 その後ろからは穏やかな表情のカロリーナが入ってくる。

(あれ?)

 そしてスタンレイに一礼すると、何事もなかったように呆然とするスタンレイの隣に立ち位置を取る。

「さて、選定課題だけれど」

「あの、母上?」

「なぁに、スタンレイ?」

 皇后が立派なソファにかけたのを確認すると、カロリーナとフローディテアは顔をあげた。

「怒って…いらっしゃらない?」

「あぁ」

 皇后はスタンレイに感じた怒りを思い出したようだが、ちらりとカロリーナとスタンレイを見比べると残念そうな顔をする。

「まぁ仕方ないわよねぇ…うん、逃げたくなるのも分かるわ。ねぇ、カロリーナ?」

 話を振られたカロリーナは、口元に笑みを浮かべ、少し申し訳なさそうに頭を下げる。

(うわ、一番気になるやつ)

 スタンレイが何事があったかを聞こうと口を開きかけると、何やら満足そうに皇后が頷いていた。

「ん~、やっぱり並ぶとスタンレイと良く似合うわね。そのローブデコルテとオペラグローブ、素晴らしいわ。あぁ、もちろん帽子もよ。」

「お褒めに預かり光栄でございます。皇室行事へのお呼び出しとあれば皆、この程度はされるものとばかり…祖母から頂いたものですが、御目汚しにならなかったらのなら幸いです。」

(勅書か!)

 それならば正礼装以外に選択肢はない。

 準備もさせずに参加させるための措置であったとは言え、学生気分が抜けていなかったスタンレイはそこまで頭が回らなかったらしく今になって後悔した。

「見たことないような素敵なドレスでわたしも驚きました」

 上を向いて苦い顔をするスタンレイに、フローディテアは声をかけた。

 フローディテアの言葉にぴくりと皇后が反応する。

 社交界の主が言葉に含んだ笑いに気がつかないはずもない。

「あら、流石にモノの価値はお分かりになるのね。」

「え…」

 皇后のトゲのある誉め言葉に、フローディテアは怪訝そうな顔をする。

 しかし、女同士の戦いが始まっていることにスタンレイは気がつかない。

「生地は織の神様と呼ばれたルフト・シュナウザーの絹、仕立ては先の皇后様が生涯愛されたデザイナー、ガブリエラ・ヒンメルでしょう?お目汚しなんて…博物館においてもいいくらいよ。」

 皇后の説明にうんうん頷くスタンレイ。

 立つ瀬をなくしたフローディテアは、悔しさを滲ませて押し黙る。

 お金では買えない歴史は、フローディテアにとって一種コンプレックスになっている。

 どれだけ裕福でも、代々受け継がれる逸品が手元にないからだ。

 皇后は沢山の人と交流してきた分、そういった弱い部分を鋭く感じ取る。

 ふと舞踏会を台無しにされかけた怒りを思い出し、皇后はフローディテアに品定めをするような視線を向ける。

「まぁ、でもほら、あなたのドレスも…ねぇ?」

 言っておやりなさい、と言わんばかりにカロリーナに視線を向ける。

 それを察したカロリーナはフローディテアを眺める。

「そうですね」

(文句のつけようなんてないだろうが…!!)

 スタンレイが敵意を向けると、カロリーナはわずかに眉を潜め、慎重に言葉を選ぶようにセリフを棒に読んだ。

「その季節を…とても先取りされていて、斬新かと存じます」

「!」

 声にならない悲鳴を上げたのはスタンレイだった。

 それはスタンレイも季節を先取りしすぎた相手に使う常套句だからだ。

 季節外れ。

 フローディテアのドレス姿を初めて見た控え室で、スタンレイが最初に感じたことだった。

「スタンレイ様が深い青をお召しとの事でしたので、明るい色を選びました」

 季節外れな色と素材に驚きを隠せなかったスタンレイに、フローディテアは同意を求めてきた。

 今更、違うドレスを選ぶ事はできない。

「うん、綺麗だよディティ」

 フローディテアの喜びに満ちた褒めてオーラに、スタンレイはそう返すのが精一杯だった。

 なぜ一緒に選ばなかったのかと後悔したほどだ。

(言えるわけないだろう、あんな顔されたら…!)

 悔しさと同意したい気持ちと罪悪感と、その他諸々の複雑な心境が顔に出たまま硬直したスタンレイを一瞥すると、皇后はため息をつく。

「それで課題だけれど、スタンレイ。」

「あっ…はい。二人にはこの一年をかけて社交界の交流や公的行事への参加を通して、どちらが次期皇后に相応しい人柄であるかを」

「一番重要なのは領地経営の技量よ。もちろん社交界や行事に参加はしてもらうけれど領地経営能力以外は評価しないわ」

「!」

 皇后の言葉にフローディテアの顔から色が失せる。

「何故ですか母上、臣や民との交流は大切」

「あらスタンレイ、皇后の仕事は社交だけではないのよ。私は、私の苦手な分野の能力を見たいの。これから一緒に国の為に手を取り合って行くのだもの。それに領地の経営には多くの人脈が必要よ。社交界はそのための手段に過ぎないわ。」

 フローディテアの顔色が変わったのが面白かったのか、ふふふ、と小さく笑いながら皇后は続けた。

「残念ながら私には任せて良い地域はわからないから、国領からスタンレイが選んで差し上げなさい。以上よ。」

「母上、突然おっしゃられてもカロリーナも困っています。」

 スタンレイがカロリーナに返答を求めて声をかける。

「はい、今回の選定の儀、お話をいただいた当初からお断り致したい考えておりました。」

「は?!」

「どういう事かしら」

 上機嫌だった皇后が、カロリーナに鋭い視線を向ける。

 しかし、カロリーナは表情ひとつ変えずに淡々と続けた。

「はい、理由は三点ございます。」

 カロリーナの言葉に、皇后は続けなさい、と顎で示す。

「まず一つ目は、私が国母になることを望んでいないことです。皇后陛下の激務は全国民の知るところ、私ごとき半端な器量ではとても務まらないと心得ております。まして帝国(ヴァルドカップ)の真珠と呼ばれる皇后陛下のお供をさせていただく事も畏れ多いのに、跡を襲うなど…考えただけでもその重責に押し潰されそうです。」

「まぁ…!ミカエラから聞いたのね、全く…大袈裟よ。私が引退するまで何年あると思ってるの、要らない心配だわ」

 他国でどう呼ばれているか耳にしているらしく、皇后はまんざらでもない様子で微笑む。

(カロリーナ…おそろしい子!)

 スタンレイの恐ろしいものを見るような視線を受けても全く動ずることなく、カロリーナは続ける。

「そして二つ目は私に全く利益がないことです。」

「と、言うと?」

「通常は多数の家門から推薦を受けるため、皇太子妃になれずとも、その人柄も能力も推薦した人々の保証がありますので問題はないでしょう。

 しかし、今回は殿下のご指名により選ばれた状態でございます。

 殿下のご慧眼は存じ上げておりますが、貴い家門の皆様は平民が優れているとは露にも思っていないというのが実情です。

 万事調い皇太子妃となれればまだしも、()()()()()()()()()平民以下と皇室に切り捨てられた何の財産も持たない令嬢を、一体誰が娶るというのでしょう。」

 フローディテアはうつむいて不服そうに手を握りしめているが、皇后は目を伏せ考えを巡らせる。

(まぁ、どれだけ皇室が認めていると言っても、選んだ手前の同情だと思われるでしょうね)

「今でしたら」

「国母に相応しい能力を示しながらも選ばれなかった場合においては、この度担当した区域を授与し、その労に酬いようと考えております。」

 カロリーナが何か言いかけると同時に、スタンレイが言葉を紡いだ。

 カロリーナが、ぴくりと反応する。

(よし、食いついた!)

 スタンレイはカロリーナを一瞥し、口元に笑みを浮かべる。

 もちろん、皇后はその動きを見逃さなかった。

「あら、カロリーナは初耳のようね。」

「はい、課題に関わる内容でしたので伏せておきました。」

 皇后はスタンレイにむかって頷く。

「カロリーナ、君の担当はフォルト地区だ。」

「フォルト地区…ですか」

「そう、帝都にほど近い港町だ。」

「フローディテアにはハーフェン地区を。帝都からはかなり遠いけれど同じ港町だよ。」

(帝都に近いなら快諾するはずだ)

 あごに手をおき、なにやら考え込むカロリーナ。

 スタンレイはフローディテアに承諾するよう合図を送る。

「はい、かしこまりました!」

 スタンレイに向かって小さく頷き、フローディテアは元気に承諾する。

「良かったじゃない、都に近い地区なら」

 皇后が催促するように、カロリーナに声をかける。

 カロリーナは「うん」と小さく呟くと、皇后をまっすぐに見据えた。

「皇后陛下、私、まさかこれほど殿下に評価を受けての抜擢とは思っておりませんでした。てっきり」

 カロリーナは首だけ動かし、視線をスタンレイに向ける。

「てっきり、上級貴族に分類されながらどこの派閥にも属さず、学校の総評が中程度でお二人に関わりのない印象の薄い適齢の令嬢であるから選ばれたと考えておりました。」

「そ、そっ…ンなわけないだろう??」

 不意に図星をつかれ、思わず声がひっくり返ったスタンレイを皇后はじとりと睨む。

「はい、まさか私の事をこれ程ご存知とは敬服いたしました。

 謹んでお受けいたします。」

 カロリーナは凛とした顔で皇后に向き直り最敬礼する。

(よしっ!これでフローディテアの勝ちだ!!)

 皇后は満足そうに微笑むと、かけていたソファから立ち上がって姿勢をただした。

「これにて、選定の儀始めを結びとします。各々部屋へと戻り、明日から励むように。」

(ありがとう母上!カロリーナ嬢を気に入ってくれて!!ありがとう、そして…うん、ありがとう!!)

 心の中でガッツポーズしながら、スタンレイは平静を装い、皇后に礼をする。

 去り際、皇后は少し振り返り、立ち止まる。

「カロリーナ、本日は大義でした。さぞ疲れたことでしょう。後で私の侍女を遣わします。」

「幸甚に存じます」

 カロリーナの答えを聞くと軽く頷き、皇后は廊下へと消えていった。

(ん…?)

 扉がしまると、スタンレイは少しの違和感を覚えて眉を潜めた。

「それでは僭越ながらお先に失礼いたします。」

 カロリーナは扉の前でスタンレイに向かって礼をする。

(あれ…?え、え?待って待って)

 何か思い出そうと必死なスタンレイと不機嫌そうなフローディテアを残して、カロリーナは廊下へと静かに消えた。

(何か…今)

「疲れてるのはあの子だけじゃないのに…ねぇ、スタン」

 カロリーナを見送ったままの姿勢で固まっているスタンレイにフローディテアが手を伸ばした瞬間!

「んぁああぁあ゛ぁっ!!」

「きゃあぁぁっ!!?」

 人生初とも言えるスタンレイの大声とそれに驚いたフローディテアの悲鳴が廊下の端までこだました。

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