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救いようもないという惨事

お目通しいただき、ありがとうございます。

「うん、綺麗だよディティ」

「うふふっ、ありがとうございますスタンレイ様」

 宮殿内の一室、玉座の間に近い部屋にフローディテアとスタンレイは控えていた。

 窓辺でぴったりと寄り添って談笑する二人の甘甘な空気にあてられ、入り口の扉付近に佇むメイドはすこぶるいずらそうだ。

「でも…」

「うん?」

「どうしてティアラをつけてはいけないのですか?今日のためにせっかくお父様が用意してくれたのに」

 フローディテアはぷうっ、と頬を膨らませて拗ねたように視線を逸らせた。

 手にはピンク色の宝石が散りばめられた可愛らしい小さなティアラを持っている。

「公式の場でティアラを着けて良いのは皇族のみと決まっているんだ。」

「そうだったんですね。申し訳ありません、わたし知らなくて」

 フローディテアはばつが悪そうに少しうつむいて、上目遣いにスタンレイを見つめた。

 スタンレイはフローディテアの両肩を優しく手で包むと、彼女の顔を覗き込んで微笑む。

「いや、いいんだ。知らないことはこれから知っていけば良い。来年の今日には晴れてコレをつけて一緒に歩ける。だから」

 察したメイドは静かに歩み寄り、スタンレイに小さな箱を手渡す。

「今日はこれで我慢してくれないかな?」

 スタンレイはふたを開け、フローディテアへと差し出した。

 中には左右に大振りの透明なクリスタルの飾りがついた細身のカチューシャが入っている。

「まぁ…わたしの為にご用意してくださったんですか!?」

 フローディテアは驚きと喜びで顔色がぱっと明るくなった。

「もちろん、気に入ってもらえると良いのだけど」

「あっ、ありがとうございます!!」

「着けても良いかな?」

「はいっ!」

 スタンレイは手ずからフローディテアの頭にカチューシャを着ける。

「いいよ。」

「あっ…あ、似合い…ますか?」

 嬉しさなのか恥ずかしさなのかフローディテアは大きなエメラルド色の瞳を少し潤ませて、少しはにかんだような様子でスタンレイに聞いた。

「うん、君の髪に良く映えてるよ。」

 スタンレイは嬉しそうに目を細め、すうっ、とフローディテアの髪に指を這わせると一房すくい、優しく唇を落とす。

(これ、まだ続くのかしら…)

 目もあてられない、と云わんばかりにげんなりとした様子のメイドの耳に扉をノックする音が届いた。

「殿下、お時間でございます」

 メイドの声にスタンレイは顔を上げ、小さく頷いた。

 その顔はきりっと引き締まり、先程までの甘い雰囲気が嘘のようだ。

「スタンレイ様…」

 スタンレイの服の袖を摘まむように引っ張り、フローディテアは不安そうに声をかけた。

「大丈夫だよ、僕がいる。」

「はい」

 笑顔で差し出されたスタンレイの手にフローディテアは手を乗せ、部屋をあとにした。


 玉座の間では沢山の貴族が集まり、談笑をしている。

 寄宿学校に通う子女を持つ貴族からどんどんと皇太子妃候補についての話が伝播してゆく。

「まぁ、蝋燭屋の娘が本当に良くやったものだわ」

 近寄りがたいオーラに包まれた見るからに高貴なご婦人集団からは、呆れと嘲りに満ちた不満の声が聞こえる。

 ケルツェ準男爵令嬢フローディテア。

 ただこの準男爵位、分類上、貴族ではない。

 国内の発展に寄与した家門の名誉を称えるための爵位である。

 この国でいう貴族とは、土地を治め、戦となれば一門の者が矢面に立ち、国の舵取りに関わる一族を指す。

 希代の大商人と言われた二代前の当主が蝋燭の行商で財をなし帝国の復興期を支えた功績によりこの爵位を賜ったケルツェ家。

 その後も戦場や政に力を割く事なく商業のみに注力したために日用品から高級輸入品までを取り扱う超大企業に育ったが、国を守らず政にも参加しないケルツェ家はあくまで庶民というのが、貴族共通の認識である。

 それまで皇太子妃として有力視されていた令嬢を持つ公爵家や候爵家にとっては、格下以下の相手の下であると宣告されたようなもので不愉快きわまりない。

 そして貴族第一主義の貴族たちも全く面白くもない。

「フローディテア嬢は聖女のようにお優しく学業も優秀と言うじゃないか。皇太子様は人を見る目がおありだ」

 一方、次の政権を見据えスタンレイにすり寄る貴族たちにとっては好機である。

 反対されるなか支持を貫いたとなれば、次代、優遇されるのではないかという下心が透けて見える。

 中にはただ単にスタンレイの幸せを願うものも、勿論いる。

 既に玉座の間に入っていたカロリーナは、話の輪の間を転々と移り情報を集めていた。

 はたから見ると話に入っているように見えるが、ぎりぎり話がもれ聞こえる程度の所に位置どり、話の熱が冷めそうになる絶妙のタイミングでフェードアウトしていくカロリーナに気が付く貴族はほとんどいない。

 ただ、皇室警備の騎士から視線を向けられている事にカロリーナは気付いていた。

 人影に隠れ、さりげなく視線の主を確認する。

 食い入るようにカロリーナを見つめていたのは、仄青い銀髪に明るい琥珀色の瞳を持つ冷たい印象の容姿端麗な青年だった。

「まぁ!見て、今日はルーファウス様がいらっしゃるのね」

「はぁ…当代随一のご尊顔…眼福すぎるわ」

「ああっ、こちらを見ていらっしゃる!!」

 近くの令嬢達が黄色い声を上げ始めた事に気が付くと、件の青年はしまった、とばかりに視線を逸らせた。

「両陛下のご入場にございます」

 玉座の間に響き渡った男性の声に、会場に居合わせる全ての人間が最敬礼の姿勢をとる。

 皇后を伴って現れた皇帝が玉座に座ると、貴族達が頭をあげる。

「さて、皆に集まってもらったのは他でもない、皇太子の妃候補披露のためだ。」

 ひそひそと囁き声が聞こえるなか、皇帝は咳払いをひとつすると辺りを見回してから言った。

「まずは紹介しよう。ケルツェ準男爵令嬢フローディテア」

「はい」

 可愛らしい声のした方へと一斉に視線が注がれると同時に会場内にどよめきが起こる。

 チュールがふんだんにあしらわれたパステルイエローのロングドレスを身にまとい、軽やかに歩み出るフローディテア。

 だが人々は眩しい笑顔やクリスタルの刺繍が輝くドレスに驚いたわけではない。

 スタンレイにエスコートされている事に驚いたのだ。

 通例であれば候補者を平等に扱うため、恋仲だろうがエスコートしない事が暗黙の了解となっている。

 いや、公正性が疑われるため、してはいけない。

 どちらか一方をエスコートすることは、自分が後ろ楯あると公言するようなものだからだ。

 当たり前だが知らされていなかった皇帝はため息をついて額に手をおき、皇后は真顔でぴくりと片眉を跳ね上げた。

 スタンレイとフローディテアは玉座の正面、ひとつ段を上がった所に到着すると跪礼する。

「そしてもう一人は」

 あきれた顔でスタンレイを見つめながら、皇帝はもう一人の候補者の名を告げる。

「シュタール伯爵令嬢カロリーナ」

 皇帝の言葉に会場内がしん、と静まりかえる。

「はい」

 フローディテアの反対側の二人より少し後ろからしずしずと歩み出て、カロリーナは跪礼をし、スタンレイを一瞥すると玉座の方へと向き直る。

 フローディテアはスタンレイの影から、ちらりとカロリーナを覗き込む。

 そして自身の優位を確認したのか、ふふっ、と微笑む。

 だが、スタンレイは恐らく初めて見るであろうカロリーナに動揺していた。

(何で正礼装なんだ…?!)

 しかもスタンレイの着ているラピスブルーの衣装に合わせてきたかのような深いダークグリーン。

 生地の良し悪しがダイレクトに出てしまうはずなのに、皇族たる自分の服に負けない品格を感じる。

 重鎮受けの良さは確実だ。

 事実、真顔だった皇后もカロリーナを見て満足そうに微笑んでいるし、皇帝も感心している。

 大臣やら高級官僚たちからは感嘆のため息も漏れている。

 しかし会場は静まりかえったままだ。

 一部の貴族を除き、困惑している。

 誰もが辺りを見回し皆反応に困っていると分かると、隣同士、派閥を超えてひそひそと話し始める。

「え、シュタール伯爵家ってひとつよね?」「ファルマン様に妹??ご存知でした?」「いや、初めて見たぞ」「いや、学校にいたようないなかったような…」「まさか隠し子?えぇ…?」「シュタール伯爵夫人とは良くお茶をするけれど、いたかしら」と、カロリーナって誰?論議はスタンレイがフローディテアをエスコートして登場した時よりも、会場を騒然とさせた。

 一部貴族に至っては、スタンレイに「グッジョブ!!」と仕草で示している。

 スタンレイは何故そんな仕草をされているのか全く見当がつかず、ただただ混乱していた。

「静まれぃ!」

 皇帝の一声に会場は再び静かになる。

「この両名を皇太子妃候補とし、本日より選定の儀を始めることとする!」

 そして玉座から立ち上がると、会場全体を見渡しながら続ける。

「今回は皆からの推薦ではなく皇太子が自ら探してきた候補者たちではあるが手心を加える気はない。相応しくないと判断した時点で候補者の選び直しから行う事もあるであろう。だが、皇太子が自身の伴侶にしたいと選んだ女性たちだ、優秀であると余は信じておる。皆もどうか偏見を持たず、公正な心で見守って欲しい。」

『御意にございます』

 貴族たちが頭を下げたことを確認し、皇帝は大きく頷くと、フローディテアとカロリーナに視線を落とした。

「両名とも、存分に励めよ。」

「はいっ、精進いたします!」

「御心にお答えできるよう尽力して参る所存でございます」

「音楽を」

 二人の答えを聞き終わると、皇后が舞踏会の開始を告げた。

 音楽がかかる中、スタンレイはフローディテアの手を取り、会場の中央へと歩いてゆく。

 フローディテアはカロリーナを横目で見ると、ふふっ、と微笑んで声をかけた。

「お互い、頑張りましょうね」

「…お心遣い、ありがとうございます」

 フロアではスタンレイとフローディテアを中心に躍りの輪ができていた。

 カロリーナは皇帝と皇后それぞれに顔を向けてから最敬礼をすると、段を降り、少し横に逸れてワルツの輪へと視線を向ける。

 そして、その向こうにある遠巻きに話をするいくつかの集団を、しっかりと眺める。

 不快そうな顔。

 嬉しそうに話す顔。

 ワルツを横目に議論をする顔。

 一曲終わると、スタンレイとフローディテアは離れがたそうにしばらく見つめ合う。

「申し訳ないが、彼女は不慣れな状況に疲れているようなので失礼させて頂く。」

 スタンレイの言葉に声が聞こえたであろう範囲の人々が戸惑い、顔を見合わせた後に二人のために退路を開いた。

「何事です?」「退場されるそうよ」「シュタール伯爵令嬢とは踊らないのか?!」などなど、会場内で不満や疑問が囁き声で飛び交う。

 フローディテアをエスコートし、スタンレイは玉座の間から退場していった。

 皇后の持つ扇からは今にもへし折れそうな悲鳴が聞こえる。

 深いため息をつき怒りに耐える皇后の横で、皇帝は眉間の奥深く突き刺さるような頭痛に顔を引きつらせた。

 皇太子妃選定の儀は皇室の公務であり、完遂が責務である。

 スタンレイが会場を去ったのは儀式の主役が義務を放棄した事に他ならない。

 そしてそれは、本日の披露の席を仕切る皇后の顔に泥を塗るに等しい。

 皇帝は思い出したようにカロリーナの方を見やる。

(しかし、相も変わらず自若とした娘よ。理不尽に放置されているというに、顔色ひとつ変えんとは…)

 カロリーナは表情も姿勢も全く変えずに退場の間を計っていた。

 だが人々の目には“皇太子に相手にもされず独り会場に放置された気丈に振る舞う令嬢”に映っている。

 口々に同情やなぜ冷遇されているかと憶測が囁きあわれていた。

「私と踊って頂けませんか」

 唐突に横からかかった耳ざわりの良い声にカロリーナが振り向くと、そこにはルーファウスが片膝をつき手を差し出していた。

 カロリーナは玉座に向かい礼をすると、怒りで冷えきった顔の皇后に極力柔らかな声で言葉をかけた。

「よろしいでしょうか?」

 その声に我に返った皇后は頷き、楽団へと合図を送る。

「お気遣い、ありがとうございます。私で良ければ喜んで」

 カロリーナは差し出された手に手を乗せると、ルーファウスと共に先ほどダンスの輪が出来ていた辺りへと歩を進める。

 途中ルーファウスに気づいた令嬢たちから黄色い声が上がり、ささやかな拍手が送られはじめた。

「実はこのドレスは踊るた」

「はい、存じ上げております」

 カロリーナの言葉にかなり食い気味でルーファウスは力強く答えた。

「全力でついて参ります…!」

 今から御前試合かと思わんばかりの気迫と真剣な顔に、カロリーナは口元に上品な笑みを浮かべる。

「では…参りましょう」

 フロアの中央で礼をすると、二人は軽やかに舞い始めた。

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