【昼行灯】
昼行灯、それは昼間につける灯など無駄という意味である。つまるところ無意味・能なし・役立たずの役満であると言って良い。基本的には煙たがられる存在であり、どんな組織でもそんな奴は要らないと思われるそんな存在。
「え? それ俺がしなきゃいけない仕事っすか?」
「うるせぇ、お前くらいしか手が空いてねえんだ。荷物の運搬くらいならできんだろ役立たず。まったく、お前を雇ったのは俺の最大の失敗だぜ」
「ひでぇっすよ店長、そんな風に言わなくたって良いじゃないすか」
「ごたごた言ってねえでさっさと行きやがれ!!」
「へーい」
店から蹴り出された男はヘラヘラと笑いながら目的地の書かれた紙を見ていた。男の名前はフール、生まれた瞬間に神から贈られる恩寵であるジョブに【昼行灯】と書かれた生まれついての役立たずである。ゆえに、20を超える今になっても定職に就かずふらふらとしている。今の職についたのも最近のことであり、クビまで秒読み段階に入っていると言っても良い。
「ええっと、地図の読み方分かんねえや」
フールには学習能力というものがおよそ皆無である、本人の努力不足とか頭の悪さとかそういう次元でなく役に立てないことが決定づけられているために能力が初めから剥奪されている。しかし、フールは今までの人生をそれとつきあってきた。自分が何もできないことを知っているし、できないなら頼るということを骨の髄まで分かっていた。
「あ、そこのお兄さん。ちょっと良いですか?」
「ああん? なんだてめえ。俺になんか用か」
「うわぁ、かっこいいなぁ」
呼び止めた強面の男を見るなりルームはそう言った。男の背には大きな剣があり、男の身分が冒険者であることを示していた。分かりやすい力、そして役割を果たしていることは明確である、何もできないフールにとってはそれだけで尊敬の対象となる。
「お? なんだ? 男を抱く趣味はねえぞ」
「いえいえ、そうじゃないんすけど。これってどう行ったら良いですか」
「あ? そんなのこの道をまっすぐ行って三件目の店を曲がったらすぐじゃねえか」
「うーん、よくわかんないっす。お兄さん付いてきてくれませんか」
「は? なんでそんなことしなきゃなんねえんだ」
「お願いしますよぉ、俺を助けると思って。俺馬鹿だからなんもできねえんすよ、これも失敗したらクビだって言われてて……」
「はぁ……しょうがねえ奴だな。今回だけだぞ」
「ありがとうございます!! お兄さんはマジで良い人っすよ」
「よせやい、良いから行くぞ」
人の懐に入る、ということをフールは得意としていた。生きるために手に入れた個性なのか、【昼行灯】の能力なのかは定かではないがフールの振る舞いや話し方には「こいつは俺が助けてやらねえと駄目だな」という気持ちを呼び起こす力があった。ある種無敵の力ではあるが、半分くらい無意識に行っているため有効に働くことはあまりない。
「お前名前は?」
「うっす、フールっていいます」
「ああ、お前がそうなのか。神の悪戯で生まれるっていう役立たずの……あ、すまん」
「良いっすよ、慣れてるんで。謝ってくれるだけ良い方っすよ」
「因果なものだよなあ、100年に1度くらい生まれる希少職だってのに」
「はは、どうせならもっとかっこいい職になりたかったっすね」
雑談をしながら歩くと目的地にはすぐにたどり着いた、後は持たされた荷物を届けるだけでいい。
「ここが目的地だ、戻り方は分かるな?」
「それは大丈夫っす、1時間くらいなら覚えてられるんで」
「いや1時間しか保たねえのか……」
「すんません、役立たずなもんで」
「それもまた神の恩寵によるものなんだろうな、疑っちゃあいけねえがままならねえな」
「それも慣れたっす、ここまでありがとうございました」
「おう、強く生きろよ」
「お兄さんみたな人がいる限りは生きていられるっすよ」
「はは、言いやがる。じゃあな」
「うっす」
男が逆方向へ歩いて行く。フールは渡された荷物を渡すべく正面の店へと向かった。
「よし、それじゃあ戻りますか」
荷物を置き終えて、店を出る。行き交う人々をながめながらぼーっとしていると突然視界が奪われた。頭から袋を被せられたのだ。特に暴れることもできず抱えられフールはどこかに連れ去られることになった。フールに聞こえるのは男達の話し声と蹄の音。
「うーん、誘拐っすかねえ」
暢気に構えているフールの視界が開けたのは檻に入れられる寸前だった。どうやらどこかの洞窟を根城とする盗賊の類にさらわれたらしいとフールは判断する。下卑た笑いを浮かべる小汚い男達が商人らしき男と話をしている。
「男が一人多いようだが?」
「へい、ついでに連れてきやした。ツラも悪くねえんでどっかの貴族様に売れると思いやして」
「おいおい、今回は希少職の取引だから目立ちたくないんだ。一人でも多く連れていく余裕はない、早く処分しろ」
「分かりやした」
男が曲剣を抜きながらフールの元に向かう。手慣れているのか殺しに躊躇はないようだ。
「じゃあな、兄ちゃん。なんか遺言はあっか? 聞くだけだがよ」
「今は、夜っすか?」
「あ? そうだが」
「じゃあ良いっす。運が悪かったっすね」
「げひゃひゃ、そうだな兄ちゃんは運が悪い」
「違うっすよ、運が悪いのはあんたらの方っすから」
「あ? 何言ってやが」
ぱきり、まるで小枝を折るように鉄の檻が壊される。フール以外に入っていない檻である以上それはフールによって成されたことになる。だが、フールは動いてすら居なかった。異常事態に盗賊達は一斉に武器を抜く。
「て、てめえ!? なにもんだ!?」
「何って、役立たずっすよ。ただし、昼の間だけっすけど。夜は良いっすよねえ、すっきりと頭が冴える」
フールが固まった身体を伸ばすのに合わせてその背後に何かが出現する、光を切り取って輪郭だけが浮かび上がったそれは身の丈を超える化物のように見える。
「一応言うけど、今逃げれば命だけは助けてやるよ?」
さっきまでのぼやけた顔とは似つかぬ鋭い眼差しで盗賊を睨む、異様な迫力に一瞬気圧されたようだったがリーダーらしき者の声でもちなおす。
「こっちの方が多いだろうが、ハッタリだ。やっちまえ!!」
盗賊達がフール目掛けて突っ込んでくる。なかなかの速さは彼らが神からの恩寵を受けていることを感じさせる。
「はぁ……どうしてそれをこんな風にしか使わないんだ。俺みたいな役立たずじゃないのに」
深いため息、そして、後ろの化物が一瞬だけ身じろぎをする。
「悲しいな、俺だって役割のある人を殺したくなんてないのに。こいつはそんな俺の意思を汲んじゃくれない」
「ば、化物」
向かって来た盗賊の上半身は既にこの世から消滅していた、残された下半身も次の瞬間には消え去っている。リーダー格と商人の男は腰を抜かしてただ震えることしかできない。力の差というものを全身で感じ取っていたのだ。
「ばいばい」
「ひっ!?」
その悲鳴が最後の言葉となり、商人の男とリーダー格はこの世から消えた。
「あー、どうしようかな。たぶんクビになったよなあ、明日からどうやって生活しよう」
「あ、あのう!!」
「え?」
思わぬ方角から声をかけられた事でフールは攻撃をしそうになるが、敵意を感じ取れなかったために思いとどまった。
「えっと、どちら様で?」
拘束された少女がそこにいた、パッと見ただけでも規格外に顔が良い。下手すれば魅了の状態異常が発生するレベルの顔立ちの良さ。もはや暴力的とさえ言える美しさを放つ少女を見たことでフールは少しダメージを受けた。
「くっ、なんて顔の良さ。目が潰れるかと思ったっすよ……」
「あ、すみません!! 妾の職が【傾国】だからこんなことに!?」