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  作者: 櫻庭ちえ
6/7

光ー6

 翌日、村井から電話はなかった。

 その代わりに昼過ぎ頃、携帯電話にメールが来た。

『先生、お電話するといいながら、結局メールですいません。お母さんと話をしてから、先生にもう一回相談させてください。すいません。村井』

 彼女のメールの文面に、私は驚きが隠せなかった。

 産婦人科に行きたいと年頃の娘から相談された親は何を想像するのだろうか。主に産婦人科に行くきっかけが、子どもができたかもしれないと思うのはごく普通だ。

 村井の両親は医者だ。父親も母親も医者の家庭で彼女は生まれ育ったのだ。そんな両親に彼女は何と相談するつもりなのだろうか?子どもがいないことを確認するつもりというのだろうか。

 想像すればするほど、村井がどうしてそんなに産婦人科に行きたいのかがさっぱり分からなかった。

 しかし、彼女はやはり、かしこいことで有名な村井だった。

 ただ、夜になって再度メールが来て、『明日夏期講習のあと、先生のお時間を下さい。村井』という短いメッセージが私の心に残されたまま、私は週末を終えなくてはならなくなった。

 日曜の夜、ベッドの中で私は村井のことを考えていた。明日の夏期講習の後、村井は私に一体何を相談するつもりなのだろうか?考えても無駄だと分かっていればいるほど、頭の中から彼女のことが離れなくなった。

 夜が更けるにつれて、なぜか、おそらく彼女のことだから、母親にもきちんと相談しているに違いないという確信が私の心の中に芽生えてきた。

 方法は想像がつかないが、彼女が自分で解決しているはずだという確信を持って、私は眠りについた。


 夏期講習2週目がはじまった。

 週末の短い息抜きはあっという間に終わってしまった。

月曜日の朝から自分の持っているパワーを全開にして生徒と向き合わなくてはならなかった。社会科のテキストを生徒たちに開けさせ、ホワイトボードに今日のテーマを書きながら一人ひとりの体調や様子を確認するのが私の最初の仕事だ。

授業をしている方からみると、授業時間の五十分は本当にあっという間に過ぎていってしまう時間だ。教えなくてはならないことがある一方で、自分が伝えたいことも山ほどあるのだ。授業を一つ作るのにも、先生一人ひとりの個性が出るものだ。

 一方で生徒の身になると、その五十分はときとしてつまらなく、退屈で上の空だったりすることもある。時間だけは神様はすべての人に平等に与えているのだからと何度言っても、居眠りが好きな子は居眠りをするし、手紙を書いている生徒もいないわけではない。

 私は夏の浮かれたこの雰囲気を取り締まるべく、寝ている生徒は片っ端から起こしたし、手紙を書いたり漫画を読んでいる生徒たちからは、“内職”とよばれるその道具そのものを取り上げたりして対応せざるを得なかった。

 さすがに中学三年生の授業は受験を控えていることもあってか、そこまでだれだれとした雰囲気はなく、むしろ緊張に満ちているのも事実だ。

 私は五時間の授業をこなした。

 授業が終わって、教員室に行くと建部先生に呼ばれた。

「ああ、秋山先生。村井のお母さんが先生をお待ちです。応接室に通してますので、面会をお願いします」

 建部先生は生徒に見せている顔と同じ、やさしい笑顔のまま私にそう言った。

「村井のお母さん、ですか?」

「事情は直接伺ってください。私との面談は先ほど終えてありますから」

 建部先生はいつも落着き払って見えるが、今日の彼はいつもの彼以上に落着いた雰囲気がした。彼は村井の母親から何を聞いたのだろう。

 私は建部先生に案内されて、応接室で村井の母親と面会することになった。

 普段滅多に入ることのない応接室のドアは、思ったよりも軽かった。

「失礼します」

 声を口に出してから顔をあげて部屋に入ると、やさしい笑顔の女性が一人、ソファーに腰掛けていた。

「いつも娘がお世話になっております」

 丁寧な言葉遣いと、落着いた声で彼女はそう言った。言葉の一つ一つから気品さえ感じさせるその台詞を、私はゆっくりと飲み込んだ。

 しばらくの沈黙のあと、彼女の方から話がはじまった。

「今日はお願いがあって、こちらに参りました」

 村井さんはそう言って、私にお願いの内容を説明しはじめた。

「女の子特有の悩みかもしれませんが、ここのところ、綾香の体調がすぐれないのです」

 村井さんは自分の娘、村井綾香がここのところ、あまり食欲もなくて勉強にも手がつかなかったことを最初に私に伝えた。そしてストレスのせいか、月経も来なくなってしまい、本人がそれをかなり気にしているのだと伝えた。

 彼女から村井の病状を聞いていると、まるで自分が病院で診察を受けているかのような錯覚に陥りそうだった。それくらい、彼女の説明は適切だった。

「それで、大変申し訳ないのですが、秋山先生に是非お願いしたいのです。綾香と一緒に産婦人科に行っていただけないでしょうか?」

 私は村井さんの言葉に正直驚いた。心臓がどくどくどくどくと心拍数を早めているのを、確かに感じていた。

 村井はなんと大胆な子なのだろうか。彼女は自分の母親に自ら、先生と一緒に産婦人科に行きたいと確かに頼み込んでいたのだ。

「どうしても産婦人科に行くことを学校の先生にも知られたくない、と綾香が言うものですから」

 私の驚きに対して、村井さんは丁寧に事情を説明してくれた。

 おそらく彼女には、突然の申し出に驚いた私の姿が見えていたに違いない。でも私が驚いていたのは村井さんの台詞ではなくて、村井の大胆な行動に、だった。

 村井さんの説明はもっともだった。

 村井の学校での担任の先生は確か男性だったと記憶している。となると、彼女が言っているように産婦人科に付き添って行ってもらうことも難しい。

「私が本当は付き添って行くべきなのですが・・・」

 村井の母親は、月曜日が唯一の完全な休みなのだそうだ。と言っても彼女は救急医療専門の医者で、休みの日もポケベルを持ち歩き、万が一の事態に備えなくてはならないというかなりストレスの高い仕事をしているようだった。

 本当は彼女が一緒に行くべきなのだと分かっているけれど、本人がどうしても、秋山先生とだったら産婦人科に行ける気がすると言うので、今日こうやって相談にきたそうだ。

 私と会う前に建部先生にも相談したそうだが、この時期は勉強のストレスなども原因として考えられるからと、建部先生はその要望を受け入れ、私と彼女を引き合わせたのだった。

「分かりました。綾香さんに付き添って病院にご一緒させていただきます」

 私は迷わずそう言った。

 塾の講師という仕事がら、こういう仕事があることは想像していた。

 単に授業をやるだけではなくて、時に面談をしたり、その親の要望や子どもの悩み相談につきあうという類の仕事は、普段からあるものなのだ。

 ただ今回はそれが病院へ行くという行動を伴うものになっただけだ。

 私は強くそう思った。


翌日、四時に授業が終わるとすぐに、私は村井と病院へ向かった。その産婦人科は母親の知り合いの先生がやっているとのことで、とてもアットホームで、夕方五時まで診療を受付してくれるそうだ。

病院へはすでに母親から連絡が入っており、村井綾香に付き添いで先生が行きますと伝えてあるとのことだった。

塾の近くにあるバス停へ向かい、バスに乗る。

ここから病院まではバスで十五分ほどだ。

「先生、無理言ってごめんなさい」

 バスに乗ってまもなく、村井が重たそうに口を開いてそう言った。

 私が村井と授業以外で言葉を交わすのは、実に土曜日の電話以来だった。

 昨日も私が村井の母親と面談している間に彼女はひっそりと自宅へ帰っていた。

「まぁ、気にしなくていいと思うけど」

 私はそう答えた。そうだ。好きでやっているのだ。塾の講師と言う仕事を。だから村井から頼りにされるのはむしろ光栄だったし、こうやって彼女の力になれることを誇りにさえ思う。

「こうやって、村井が頼りにしてくれていると思ったら、それだけで十分だよ」

 正直な気持ちを彼女に伝えた。

 きっと今回の事件で一番参っているのは村井本人だと容易に想像がつく。彼女はきっと誰かに相談もできずに長い間悩んでいたのだろう。

「先生に電話したとき、本当に自然に涙が出てきた。なんかそれまでずっと、私、一人で闇の中をさまよっているような気分だったから」

 彼女はそう言って、私の顔を見た。

 誰にも相談できずに自分の中で悶々と悩んでいると、世の中がまるで自分ひとりだけになってしまったかのような錯覚に陥る。きっと彼女はそれを闇と呼んでいるのだろう。

「先生にまず検査薬を使いなさいって言われたとき、ああ、そっか。私そんな簡単なことさえ思いつかなかったんだって気がついた」

 視線をそらさず、村井の瞳を見つめる。

 やはり、彼女は賢いと思う。冷静さを失わず、私が電話で指示したことのもつ意味をきちんと理解していたのだ。動揺で自分を見失うような彼女ではなかったのだ。

「でも、やっぱり心配で心配で。本当に私は妊娠していないのかどうか、知りたかった。だから病院に行こうって決めた。でも、親にどうやって話そうか最初は本当に悩んだ」

 村井は正直だった。あまり嘘をつくタイプではないことは、彼女を授業で担当している私自身がよく知っていた。

「妊娠したかもしれない話を別にすれば、生理不順って立派な病気だと思ったの。だから正直にお母さんに話せた」

生理不順は立派な病気。

 その単語が耳の中に重く残った。私は生まれてこの方、そんなことを考えたことはほとんどない。仮に勇一と二人でベッドに入ることがあっても、避妊をしていたし、月のものも毎月きちんと訪れていた。ストレスで生理が遅れる人もいるというが、私の体はストレスで生理が遅れるほどやわではなかった。

 これまで、自分が妊娠したかもしれないと思ったことは、今まで一度もない。

 ただ、想像をしたことは何度かある。

 できちゃった結婚をした友人がいて、彼女の話を聞いたとき、自分もいつかそうやって妊娠して母親になるときがくるのかもしれないと将来を想像したことはある。そしてそのときはきっと月のものが来ないことを幸せに思うときであって欲しいと思うのだ。

「多分、私、妊娠はしていないと思うの。だから、そのニュースを一緒に先生と聞きたいの。だから今日は先生についてきて欲しかった」

 彼女はそう言った。

 妊娠していないことを確かめるために、彼女は病院へ行くのだ。

 そして、妊娠していないことが彼女にとっては明るいニュースのはずだ。その明るいニュースを共有化するために私は村井に付き添って病院へ行くのだ。

「そっか」

 身近く相槌を打って、私は彼女を見つめた。

 降車ブザーを押して、村井と私はバスを降りた。


 村井にとってのはじめての産婦人科訪問は、私にとってもはじめての経験だった。村井の母親から聞いたとおり、アットホームな小さな町の産婦人科、といったところだった。

 病院の中に入ると病院内はやたらピンク色やら薄い水色といった優しい色合いで飾られていた。こじんまりとしていて、受付に看護婦らしき格好をした人が一人いて、病院に入るとすぐに声をかけてくれた。

「村井さんのところのお嬢さんですね」

 村井のことをいかにも知っているような口調で、看護婦が私たちを迎えいれた。保険証を出すところまでは他の病院とも変わらない。

「はい。母がいつもお世話になっております」

 村井は短くそう答えると問診表を受け取って、無言でその質問を埋めていった。同時に渡された体温計が計測終了の合図を知らせるよりも早く、彼女はそれを書き終えた。

「先生」

 書き終えたかと思っていた問診表の最後に、妊娠の可能性があるかないか、との欄があった。

「これ、どっちにすればいいかなぁ」

 まっすぐに村井は私を見た。ここで可能性がある、と書けばおそらく彼女の母親の耳にも事実が伝わることも時間の問題と思われた。

「今、村井が信じている事実を書けばいいと思うよ」

 今日はレントゲンをいきなりとるわけじゃないはずだと思い、彼女にそう言った。彼女はあくまで生理不順だから病院に行きたいと母親に言ったはずだ。

 問診表を埋めて出したあと、私と村井は待合室に案内された。予約をしていたこともあって、診察室にすぐに呼ばれた。

 少し大柄な女性が、この病院の産婦人科医だった。

 二人で診察室に入ると、村井を椅子に座らせながら、彼女は綾香さんですね。お母さんからだいたい話は伺っていますよと最初に言った。彼女の病状については村井の母親が先に伝えていたようだった。

「まぁ、ストレスとか色んな原因が考えられるから、今日は基本的な検査をするわね」

 優しい語り口で医者が村井に話しかけた。私はその間、村井の後ろでなぜか息をこらえていた。私は彼女について来て欲しいといわれてここまで来たけれど、社会的に見て、彼女の母親でなければ、学校の担任でもない。彼女の一般的な生活で、公に関わっている登場人物ではないはずだ。

 私は一人の塾の講師で、彼女を生徒の一人と思っていることだけが、私と彼女の接点だった。そう思うと、彼女に付き添ってきている自分が、まるで存在してはいけないのではないかという気持ちに襲われた。

 村井が望んでくれたことはとても嬉しかった。でも、結局私が彼女のためにしてあげられることなんて、そんなに多くはないのだ。こうやって、そばに立っていることしかできないのだ。

 この日村井は全部で三つの検査を受けた。採血、そして子宮エコー検査、最後に内診だった。最初に医師と面談をして、採血をする間は彼女のそばにずっといたのだが、エコー検査からは、本人だけが検査室に入ることになった。

 村井が検査を受けている間、私は一人、待合室に取り残された。

 結局のところ、彼女について病院に来たものの、私は彼女を待合室で見守るしかないのだ。

 待合室には私以外に数名の人がいた。

 一人の女性はすでに子どもを身ごもっていて、定期健診か何かにきている様子だった。彼女は終始、幸せそうにそのおなかを何度も何度もなでていた。

 そんな彼女の反対側のソファーに、ちょっとこわばった顔つきで座っている一組のカップルがいた。どう見ても、私と同じ年齢くらいのカップルだった。女性は目をはらして泣いている様子だった。そしてその彼女の背中を男性がさすっていた。きっと彼女たちには望まれない命が宿っていたのかもしれないと私は一人、想像していた。

 子どもができて泣くのは、嬉しいからなのだろうか。それとも望んでいない絶望感からなのだろうか。今の私には理解を超えた世界がそこにはあるのだと思う。

 望まれない命を授かったとき、女性は本能で、その命を守ろうとするのだと本で読んだことがあった。たとえ育てるのが困難であろうと、私たちはヒトという動物の域を出ることはできないのだと本は言っていた。

 そう考えると、病院の片隅で泣いている女性は幸せで泣いているのとは程遠い雰囲気が漂っていた。

 幸せそうな妊婦は、しばらくすると受付で診察券を受け取って、足取り軽く帰っていった。大きなおなかを抱えていても、彼女の足取りは軽い。

 普段、生徒の動きをよく観察するように心がけているからか、ついつい、他人の動きや感情の変化に敏感になってしまう私がいる。あまり他人を観察しないように心がけてはいたが、生まれて初めてやってきた産婦人科の雰囲気に、私は自分を見失いそうだった。

そういえば、『明るくて、アットホームな雰囲気だから、きっと行きやすいと思って選びました。ちょうど知人がやっていますので』と、村井の母親が言っていた。

確かに病院の中は優しい色使いと、やわらかい光のライトで明るく照らされていた。でもここに来る人たちの心境はさまざまだ。診察の結果、それが必ずしも明るい未来を示唆するものではないことさえある。

私はこの明るさの中、一組のカップルがすすり泣く声を聞きながら、村井をただ、待ち続けた。それはとてつもなく長い時間に感じられた。

 すべての検査が終わり、私が診察室に呼ばれたのは、五時半をまわった頃だった。病院に着いてからの小一時間は、授業五時間分と同じくらい長くつらい待ち時間だった。

「結論から申し上げますと、おそらく、ストレスか何かが原因ではないかと思います」

 明るい声で、医師は私たちにひとまずの結果を伝えた。血液検査の結果は一週間かかるとのことで、とりあえず今日のところ、特に処置はしないことになった。彼女の子宮はきちんと動いていて、特に大きな問題を抱えているわけではないことを女医は的確な言葉で私と村井に伝えた。

 検査に一時間弱も要したというのに、私と村井が聞いた回答は三分以内で終わる内容に簡潔に要約されていた。

 それでも、医者が告げる言葉の重みは、計り知れないものがあった。村井は妊娠していなかったのだ。彼女の子宮は正常で、大きな問題がなかったということが、これで明確になったのだ。

 私と村井は静かに目を合わせて、診察室を出た。

 村井は終始、無言だった。

 私も彼女にどんな言葉をかけるべきなのか、色々と考えをめぐらせているうちに、受付に呼ばれ、支払いをしなくてはならなくなった。

 ふと、待合室をながめると、あのカップルの姿はなくなっていた。

 彼女たちにとっての幸せが、どういう結果だったのか知る由もないが、二人が幸せになればという想いが頭をよぎった。二人にとっての明るい未来とは、どんな結論だったのだろうか。

「先生」

 私が考え事に夢中になっていたので、村井に声をかけられた。

「あ、ごめん、ごめん」

 彼女が支払いを終えたことにさえ、私は気が付かなかった。

 二人で病院を出ると、外はすでに薄暗くなっていた。夏の夜六時過ぎ。京都の夏は暑い。涼しかった病院から外に出たので、暑さが骨まで染みてくるようだった。

 バス停に向かいながら二人で歩き出す。

「先生」

 歩きながら、村井が少し小さな声でそう言った。

「私、本当は」

 今度は少し大きな声だった。

「本当は、何?」

 意外な声の大きさに、思わず村井を見つめる。彼女と同じ目の高さまで、視線を下げた。ちょうど村井の視線の先に、私の目がくる高さだ。

「本当は・・・」

 目が合うとほぼ同時に、村井の目から涙が零れ落ちていくのを私は見逃さなかった。

「むらい・・・」

「本当は、本当に怖かった。何もなくて、本当によかった」

 彼女は泣きじゃくりながら、声をしぼりだすようにそう言った。

 言葉の間に彼女が浅く、肺で呼吸する声が聞こえる。

 ひくっ、ひいっ。

 うーん。

 ひぃっ。

 村井の心が、やっと緊張から解きほぐされたのだ。

 彼女が泣きじゃくる度に、彼女の中で固まっていた不安という言葉が解けていく様子が手に取るように分かった。

「アホやなぁ・・・」

 私は彼女を頭から抱きしめた。

ひぃっ、ひいっ。

うーん。

うわーん。

村井は声を押し殺すように、でも、本当にびっくりするくらいの荒い息遣いで一生懸命泣いた。

彼女が泣きじゃくる姿を、私は愛しいと思いながら、もう一度強く、抱きしめた。

「ホントに村井は強がりなんだから」

 きっと彼女はこの事件から、何かを学んだはずだ。そして、それは私が教えることのできないもののはずだ。私はそう思いながら、村井の泣き顔を一生懸命見守った。彼女を見守る以外にできること、それは彼女を受け止めることだけだった。


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