95「飛び魚」【挿絵あり】
アクアショップに勤める男性から聞いた話。
水の中に住む生物というのは、水質・温度・エサ等、
管理が大変難しく―――
しかも24時間体制で注意しなければならない。
また、病気に関しても治療方法が確定していない事が
ほとんどで、非常に神経を使うという。
「それでも、たった一つ、楽な事があるんですよ」
『脱走』だという。
犬や猫と違い、水槽から出る=死なので、
少なくともその心配は無い。
「基本、人の手による移動しか出来ない
ですからね。
ただ、その分盗むのも簡単になるので、
一長一短かな」
だから、一番重要なのはセキュリティだという。
ちょうどアロワナをごっそり盗む窃盗犯が出たとかで、
警備を強化していた時の事。
1日1回、閉店した店内を見回っていたのだが、
床が濡れている事に気付いた。
「水槽は網かガラスで閉じているんですが、
ガラスの場合は隙間が開いている事があって。
注意はしているんですが、よくこんな隙間から……
というのは結構ありました」
発見が早ければ助かる事もある。
懐中電灯で照らしながら、その一帯を中心に
探し回った。
と、パタパタと羽音みたいな音がする。
鳥? と思ってその方向を照らすと
「タナゴ? かフナ? か……
それにスズメの羽をくっつけたようなヤツが
飛んでいました」
中空で飛行を維持したそれは、口をパクパク
させながら、しばらく彼と対峙していた。
しかし、それも4、5秒の間で、広くはない店内を
飛び回り始めた。
「捕まえる、というより、とっとと出ていってくれと
思って。
店内の明かりを付けて、窓を全開にしたんです」
その意図を察してか、開けた窓からその魚? は
飛んでいった。
月明かりか地上の外灯か、ウロコが光をキラキラと
反射させて、それは視界から暗闇へと姿を消した。
「翌日、魚の数を調べたりしたんですが、
特に異常も無くて」
店長に一応話しはしたが、
“ウチの魚じゃなけりゃ、別にいい”
と、取り合ってくれなかったそうだ。