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百怪  作者: アンミン
百怪・怪異、不可思議
90/300

90「酒」【挿絵あり】


とあるボランティアで行った、老人ホームの男性から

聞いた話。


彼が子供の頃と言っていたから、年齢からして、

戦後間もない頃だと思う。




「当時は、ペットボトルとかいうものは

 なかったからな」




お酒を運ぶのは一升瓶か、徳利とわれるモノ。

両方とも“割れもの”で、その持ち運びには

神経を使った。




「あの頃は、何でも貴重でね。

 落として割ったりしたら怒られるなんてモンじゃ

 済まなかった」




ある時、家で父親とその知人が酒を飲む機会が

あった。酒が進み、足りなくなったお酒を

買いに行けと言われたが―――




「その時の田舎の夜っていうのは本当に

 真っ暗闇なんだ。

 月が明るいって感じるんだからさ」




夜道は怖いが、父親のコブシはもっと怖い。

彼は空の一升瓶を持って、それに酒を注いで

もらうため、酒屋へと向かった。


両側に田んぼだけの、何もない一本道を歩いていると、

背後に気配を感じた。

振り返ると、そこには大きな影が月を背後にして

立っている。




「何というかな、すごい大きな猿だった。

 ただ、そいつの目がなぁ」




鼻の上にたった一つ、大きな目がギロリと

こちらをにらんでいた。

ひっ、と息を飲むと、ゆっくりとこちらへ

近付いてくる。


彼は一升瓶を抱きかかえながら、後ずさりして

距離を開けようとするが、それに合わせるように

猿も歩みを進める。




「それで、いつも親父がちょっとした傷なら、

 お酒を吹き付けて治しているのを思い出して」




一升瓶のフタを開けて、少し手の平に流すと、

そいつに向かって投げつけた。




「逆効果だった」




その猿は飛び散ったお酒を地面に顔を付けて

舐め始めた。

どうやら、目当てはお酒だったらしい。

しかし、持って帰らなければ父親に酷く叱られるのは

目に見えている。


結局、彼は後ずさりしつつお酒を散らしながら、

猿をやり過ごす事にした。

やがて集落の明かりが近付いてきた頃―――




「ふっ、て消えちまったんだ。

 どこかに行くでもなしに、目の前で」




彼の手には半分まで減ったお酒が残っていた。

怒られるだろうが、それでも全部無駄にしなかっただけ

マシか、などと考えながら家の扉を開けた。


当然、父親は激怒したが、それでも彼は今起きた事を

話すと、一緒に飲んでいた知人が父親を止めた。




「とにかく明日の朝まで待て、みたいな事を

 言っててさ。

 何かワケがわからんかったが」




翌朝、家の前に大小の山芋が積まれていた。

中にはアケビやビワもあり、家族はそれを見て

ポカンとしていたという。




「その知人はマタギでね。

 アイツが何か、知ってたんじゃないかな」




死ぬ前に、もう一度あの猿に会いたいと、

彼はお茶をすすりながらつぶやいた。





挿絵(By みてみん)

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