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88「飛び降り」【挿絵あり】
釣りと山歩きが趣味で、夏と秋に必ず奥多摩を
訪れるという男性から聞いた話。
ある年の秋、いつも馴染みにしている民宿へ着いた
彼は、自分の部屋で荷物を整理し、外で一息つこうと
廊下へ出た。
と、フスマを閉めた向こう、無人のはずの
自分の部屋から妙な音がする。
不思議に思ってフスマを開けると、中には5、6歳と
思われる男の子が、自分の荷物をあさっていた。
「コラッ!!」
彼の声に驚いた子供は、少し開いていた窓から、
一目散に飛び出した。
「あっ!?」
彼は思わず声を上げた。
彼の部屋は2階。いくら身軽な子供とはいえ
無事とは思えない。
数秒して我に返った後、慌てて窓から下を確認するも、
そこには誰もいない。
代わりに、彼がおやつにと買った菓子パンを、
袋ごと重そうに引きずっていく狸の姿があった。