87「仰向け」【挿絵あり】
お寺で修行する知り合いの同僚から聞いた話。
以前、子供が木に登ったり、いろいろと危険な場所に
上がろうとするのを、心配して相談に来た母親が
いたという。
「子供ってそんなものだと思うんだけど」
見つけ次第注意したり止めさせたりする、
くらいしか対応は思いつかない。
とにかく常に気を配っている事ですね、
とお茶を濁していた。
ところがある日、その母親から、子供が高いところに
登るのを止めてくれたという話を聞いた。
何かきっかけでも、と聞くとその母親は困ったような
顔をして、彼に理由を話し始めた。
「子供から聞いたらしいんだが、
何でも登る場所とか大体は決まっていたようで」
一番多いのは公園のトイレの上だった。
近くに大きな木があり、その木を登って
トイレの屋上に上がっていたという。
トイレの屋上は四方が区切られていて、
そこには段差があり、自然に降った雨で水が
溜まっていた。
こういう場合、屋上に上がるのは
止めるそうなのだが―――
「何か、木の上から屋上の水たまりを見ていたら、
水中に魚が見えたらしい」
それはお腹を上にしており、最初は死んだ魚でも
投げ込まれたかな?
と思っていたそうだ。
しかし、その魚は身をくねらせて泳いでいる。
仰向けに泳いでいるそれを不思議に思って見ていると、
「バシャッ、と水中から手が現れて」
それが水中に戻り、波紋が収まると魚も消えていた。
怖くなった子供は急いで木から下りて、それ以来
木に登ったりするのを止めているのだという。
「結果的には良かったんじゃないか?」
私が聞くと彼は首を左右に振った。
「最初の3日だけで、それからは
元通りになったって言ってた」
世の中、上手くいかないねえ、と彼はため息をつきつつ
頭をかいた。