77「窓」【挿絵あり】
今年社会人になったばかりの男性から聞いた話。
彼は初めての出張で、ある地方都市の
ビジネスホテルに泊まった。
本当は日帰りだったはずなのだが、仕事が
長引いてしまい、翌朝に帰る事となった。
「翌日は土曜日でしたし、特に早起きする必要も
なかったんですが」
それでも、窓から差し込む朝日と、そのサッシに
とまって鳴く何匹かのスズメの声に起こされ、
彼はホテルのフロントに向かった。
まだ9時にもなっていなかったという。
「あんな階まで、スズメって来るんですね。
窓のところにいっぱいとまってましたよ」
そう話すと、フロントの係りが妙な顔をした。
“窓って、客室の窓の事でしょうか?”
質問の意味がわからず、
“ええ、まあ”と生返事をすると、
チェックアウトした。
ホテルから出た後、何気なく彼は自分の泊まっていた
部屋の辺りを見上げた。
「え? って
声に出てしまいました」
そこの窓、というよりホテルの上半分が、
何かの改装か塗装でもしているのか、
足場が組まれて、防護シートでおおわれていた。
ホテルに入ったのは夜半だったし、いちいち全体を
確認などせず、全く気付かなかったという。
「でも、僕が見たのは本当に普通の、透明な窓と
太陽とスズメたちだったんですけどね……」
幽霊よりはマシですけど、と彼は頭をかいた。