76「天井」【挿絵あり】
警備会社に勤める親戚の青年は、自宅で犬を
飼っていた。
「一人暮らし向けのワンルームマンションで、
本当はいけないんですけどね……」
ミニチュアダックスフントと呼ばれる種で、
活発だが吠える事はなく、自分のいない時は
非常に大人しくしているようだった。
「散歩にも連れて行けないから、自分がいる間は
出来る限り遊んでやってね」
ある日、遊んでやっていると遊び疲れたのか、
そのままコロン、と横になり寝てしまった。
起こすのは可哀想だと思い、彼は買い物へ出かけるため
そっと家を出た。
外から帰ってくると犬はまだ寝ていた。
仰向けになって、手足をパタパタと動かしている。
夢の中でも走っているのかな、と微笑ましく
思っていると、犬が目を覚ました。
彼に気付くと、トコトコと歩み寄り顔をペロペロと
舐めてくる。
その舌から逃れようと顔の向きを思わず変えた時、
視線に天井が入った。
「え?」
一直線に動物の足跡が付いていた。
サイズからすると小型のようだが……
それから、天井を掃除するのが大変だったと
彼は語った。
その事があって以来、何度か同じように
足跡が付く事があったらしい。
「そのコの足跡?」
と私が聞くと、
「わかりませんが、一度
“天井を走るのは止めてくれ”
って頼んだら、それからもう足跡が付く事は
無くなりました」
そう言って、彼は目尻を曲げた。





