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72「ガラス戸」【挿絵あり】
下町、と呼ばれるところに住んでいる
お婆さんから聞いた話。
今年で80歳になるという。
「この前、縁側でお茶を飲んでたらね」
家の中では夫がTVを見ている。
ブロック塀、その下の小さな庭をボーッと見ていると
不意にTVの音量が上がった。
「でね、音を小さくしてって言おうと
振り返ったんだけど」
ふと、半分ほど開いた引き戸のガラス部分に
何かが写っているのが目に入った。
子供が2人。
それも、昔風の格好の。
対照的な白い着物と赤い着物を着たその2人は、
ブロック塀の上に立ってふざけ合っている。
「あんたたちっ!!」
注意しようと大声を上げながら振り向くと、
そこに子供はいない。
代わりに、子猫が2匹、お婆さんの方をジッと
見つめていた。
「黒いのと茶トラのコだったけど。
毛の色に関係無く、好きな着物を
着れるのかしらねえ」
その後、すぐに姿を消してしまったが、
今でも時々、庭にその2匹は現れるらしい。
しかし、そんな姿を見たのはその一度きり
だったという。