69「ゴースト」【挿絵あり】
とあるチャリティーに参加して頂いた、
大道芸をしている外国人の方から聞いた話。
50代と思われる彼は、30年くらい前から
来日していて、日本語も日常会話に支障のない
レベルで話せる。
今は日本人の奥さんと結婚し、永住資格も
手に入れ定職もあり、そこそこ収入は安定
していると言っていた。
だが、来日したての頃はそれこそ決まった
住所も無く、滞在期限が切れるまで、よく
各地を転々としていたという。
「よくヒッチハイクしていたね。
歩かなきゃいけない時もあったけど、
山の中とか、日本はたいていどこも道が
しっかりしていたから」
その時も、たまたま車の通りが無く、仕方なく
夜の山道を歩いていた。
雲一つ無い月夜で、外灯の光が目印のように
ポツポツと先々を照らしている。
「で、いきなりパラパラッて
降ってきたんだよね、雨が」
月は相変わらず夜空に浮かんでいる。
雲も見えず、一体何があったのかと戸惑うが、
別にそれほど強い降りでもない。
気にする事もないかと、一歩踏み出した時、
「その道の、こちらから見て右側かな?
茂みから何か飛び出してきたんだ」
向こうの外灯が縦に細長いシルエットを形作る。
動物……ではない。
目をこらして見ると、どうもそれはたたまれた
傘のようだった。
それは、柄の部分をくの字に曲げながら、
ピョコ、ピョコ、ピョコと跳ねるように道を
横断して、反対側の茂みへと消えた。
気が付くと、小雨は止んでいたという。
「日本では、傘もゴーストになるんだね」
……それは多分、
ゴーストじゃない。