63「肉人」【挿絵あり】
「保育園の頃だったから、20年ほど前の事に
なりますけど」
都内のある大手系列のコーヒーショップに
務めるその女性は、いわゆる“歴女”で、
そのきっかけとなった出来事を話してくれた。
彼女の通っていた保育園では、毎年夏になると
肝だめしが行われた。
もちろん先生や保護者グループと一緒である。
肝試しと言っても、そのためにどこかへ電車で
行くとかはなく、町の中の公園から公園へと
渡り歩くだけ。
しかし、いつもは寝ている時間に起きている、
というのが園児たちにはこの上ない刺激と
なっていた。
「その肝だめしイベントの時は、みんな昼寝を
いつもより多く取らされるんです。
時刻にしてみれば10時ちょっと過ぎ程度ですが、
園児にしてみれば未知の時間ですからね」
外灯があるとはいえ、うっそうと木々の茂った
公園を選んで歩くので、当時の彼女にしてみれば
充分怖かったという。
最初の公園を出発し、次の公園に差し掛かった時、
それは現れた。
「何ていうか……
全身真っ白な人が行き先の公園からひょいって
出てきて。
それで一瞬でまたひょいって引っ込んだんですけど」
それは某タイヤメーカーのキャラクターのように、
たるんだような肉感があった。
彼女は引率の先生のスカートを引っ張り、
「何かいた! 何かいた!」
え、何々? どうしたの?
と聞いてくる先生に、彼女は今見たものを説明した。
「ちょっと待ってて」
すぐ後ろにいた男の先生が呼ばれ、さらに
他の先生も次々と集まってきた。
同行していた保護者の数名も呼ばれ、
何か話し合っていたが―――
「もうすぐ雨が降る、という事なので
今日は肝だめしは終わりでーす」
そこでいきなり肝だめしは解散となり、保護者が
同行している園児はそのまま親と一緒に、他の
保護者は保育園待機だったので、先生たちと一緒に
保育園まで戻った後に帰る事になった。
後年、彼女のお母さんにその事を話すと、
「あの時保育園で待っていたらねえ、
変質者が出た可能性があるからって連絡が来てねぇ」
しかし、彼女は納得しなかった。
何か自分の見た物の記録は無いかと本や文献を読み漁り、
やっとそれに該当? する物を見つけたという。
「徳川家康が、二代目秀忠に将軍職を譲った折、
駿府に移ったんです。そこで……」
全身肉の塊のような妖怪が出た、という話が
あるそうである。
またその肉を食べれば、武勇が増したのにと
残念がられた、と書かれていたとか。
「でも、アレを間近に見たら食べてみたいとかは
とうてい思えませんよ」
「若返るとか、美肌効果があるとかだったら?」
私の問いに彼女は考え込んでしまった。
ちなみに、その公園は都内にあり、遊具は多少
変わったものの、今もそこにあるという。