60「コート」【挿絵あり】
今は飲食店に勤めている女性の話。
彼女は大学進学で一人暮らしを始めた際、
ウサギを飼う事に決めた。
ペットを飼うのは初めての経験であったが、
初心者よろしく徹底した“守り”で飼育。
オスのミニウサギ(あまり大型にならない種の総称。
正式な名称ではないらしい)の子供を1匹購入
したのだが、3ヶ月もするとやんちゃな暴れん坊に
育った。
そんな彼女にも同じ大学の恋人が出来、自室で
寝泊りするようになった。
冬になると彼はロングコートを着てきたが、
ウサギは決まってそのコートを噛むようになった。
「嫉妬していたんですかね」
しかしそのウサギも、2年ほどで病気になり、
あっという間に死んでしまったという。
診察、即座に入院、それから3日後という
早いペースで、あまりの速さに悲しみを
通り越して、彼女は数日は呆然としていた。
そんな時、彼から電話が掛かってきた。
あのウサギは元気にしているか?
と―――
実は彼の方はここ一ヶ月論文で忙しく、
事情がわかっていたので、彼女も連絡をなるべく
取らないでいた。
どうしてそんな事を、と聞くと、大学で調べ物を
しつつ寝泊りしていたのだが、夜中に目を覚ますと
壁にかけてあった自分のコートが揺れている。
よく見ると下から引っ張られているようで、
目を凝らすと何か小さなものが暗闇の中で動いていた。
電気を付けてよく見ようとスイッチを入れると、
そこには何もなく、ただコートの裾が濡れていて、
小動物特有の匂いが辺りにただよっていたという。
「あのコはあのコなりに、
知らせようとしていたのかな、って」
それから間もなく2人は同棲を始めたが、冬になると
朝起きた時に彼のコートの裾が濡れている、という事が
何度かあったそうである。





