06「許可」【挿絵あり】
「もう30年ほど前の事になるかなあ」
某大学で客員教授を務める初老の男性から
聞いた話。
「古典や民俗学の資料集めを中心に、
研究していたんだが……
まあ、学生時代から現地派遣や雑用を主に
こなしていたら、いつの間にか」
客員教授というのは正式な職ではなく、
一応教授クラスの待遇はしますよ、
だからウチへ来て下さいと大学がお願いする
ものらしい。
その彼が若い頃、ある山村で研究を行う事となった。
対象はその地域の土着信仰。
こういう場合、まずは自治体の許可を求め、
それから始める事になるのだという。
しかし、その村は少し変わっていた。
「まずは『泊まれ』と言われて。
日数はそれなりにあるけど、時間は有限だし、
『先に許可だけ頂けますか?』
と聞いたんだけど」
『それはこちらが決める事ではない』
『とにかく泊まるように』
と返され、これ以上は話が進まないと感じた彼は、
仕方なく泊まる事にしたという。
昔は土豪であったろう民家の、十畳ほどの居間に
寝ていると、何かの気配がして目が覚めた。
「顔が、逆さまに視界に入ってきた」
仰向けに寝ていた自分の顔を、頭の方から
見下ろす形で、女が立っていた。
白無垢の真っ白な着物を着て、その長い髪を
重力に任せて垂らしている。
ここの家の家族か?
とも思ったが、村に入ってから若い人間は
見ていない。
そもそもこんな時間に、このような形で
見に来る事自体が不自然だ。
と、女がしゃがんだ。
顔がいっそう近くなり、その表情まで
わかるくらいの距離に。
そして口元がゆがんだかと思うと、
その手が自分の胸に触れた。
布越しではあるが、まるで氷をあてられたように
冷たく、そのまま意識を失ったという。
翌朝、気だるい体を引きずって朝食を頂き、
昨夜の事を話そうかどうか迷っていると、
その宿の主である老婆が先に口を開いた。
「一晩中鈴が鳴っていた。
よほど気に入られたようだ。
しかし、好みのわからん事よ」
鈴の音など、彼は一度も耳にしていない。
ポカンとしていると、さらに
「もう許可は出た。
どこでも好きに調べていくがいい」
と付け加えてきたという。
「今でも時々夢に出てくる。
……あれが原因とは思いたくないけど、
もしそうなら、責任取って欲しいものだよ」
未だ独身の彼は、ぐちるようにつぶやいた。