53「姉」【挿絵あり】
知り合いの寺の住職の話。
座禅を組んでいると、パタパタパタと廊下を
走る音がする。
ちょうど夏休みで親戚が集まっており、その中の
子供たちの1人だろうと思って、注意をしようと
振り返った。
2、3才くらいの男の子がちょうど廊下を
走っていくのが見えた。
“こらこら、止めなさい”
と口を開きかけたところ、14、5才の少女が
後を追いかけてきて、子供を抱き上げた。
どうやら、その子の姉らしい。
「どうもすいません、
目を離すとすぐにどこか行っちゃって」
「いやいや、このくらいの
年頃の子は皆そうだから」
そう応えると、ペコペコと頭を下げて、
少女は奥の部屋へと下がっていった。
やがて座禅を終えると、彼も法事のために
親戚の集まる部屋へと向かった。
「おや?」
部屋に入って見渡すと、あの男の子の姿が見えない。
またどこかへ行ってしまってケガでもされたら―――
行方を親戚に問うと、総出で寺の中を捜索する
事になった。
もしや外に出てはいないかとぐるりと寺の周りを
一周すると、縁側に立つ男の子を見つけた。
外側へ両手を伸ばしながら、後一歩踏み出せば
落ちそうに―――
「危ない!」
慌ててその場へ駆け出す。
しかしよく見ると、子供の体は落ちそうで落ちない。
近付くと、その子の後ろで着ている服の裾をくわえて、
必死になってふんばっている犬の姿があった。
「あ、この犬は……なんとまあ」
その犬はゴールデンレトリバーといわれる種で、
ある親戚が毎年、お寺に来る時は知人に預けて
いたのだが、今年はどうしても都合が付かず、
連れてくるという話を予め聞いていた。
室内飼いだし、性格も大人しいメスだというので、
寺に上げるのを含めてOKしていたという。
彼が子供を抱きかかえて部屋への道を戻ると、
その犬も心配そうに後についてくる。
子供が見つかった事を告げると、親戚一同、
胸をなでおろした。
しかし、引っかかるものがあった。
部屋を見渡すと、その子の姉と思われる
少女の姿が見えない。
まだ探し回っているのかも、と聞くと、
姉はいないし、そんな年頃の女の子は
今日は来ていないという。
彼も思い出してみると、その少女の顔に見覚えが
無かった。
いくら何でも、子供の頃から知っていれば
忘れるはずはない。
新顔といえばその犬くらいのものだったが―――
今年で5才になるというそのゴールデンに
目をやると、男の子に抱きつかれるようにして、
その顔をペロペロと舐めていた。