50「錯覚」【挿絵あり】
聞いた話。
ある30代のサラリーマンが仕事から自宅のある
アパートへ帰ってくると、部屋のソファーで見知らぬ
女性が、子供を抱えるようにして寝ていた。
女性は彼に気付くと
「ねえ、アメ買ってきて。
この子が欲しがっているから」
と当たり前のように話しかけてきた。
部屋を出て、番号を確認すると確かに自宅である。
自分は独身だし、親戚の誰かが来るという話も
聞いていない。
そもそも、鍵は掛けてきたしスペアキーを
誰かに預けた覚えもない。
彼は言われるがままに近所のコンビニで百円相当の
安いアメを購入すると、再び自宅へと戻った。
部屋に入ると、あの女性と子供の姿はなく、
入れ替わりのように飼っていた猫が二匹、
ソファの上で寝息を立てていた。
オスとメスで、どちらも元野良猫。
ただ、メスの方が先輩猫で、オスより4歳ほど
年上であったという。
彼は何気無く買ってきたアメをその先輩猫の寝顔に
近付けると、ビクッと飛び跳ねるように起きた。
そしてアメに鼻を近づけフンフンと鳴らすと、
ソファを飛び降りてエサのある台所へ行き、
催促を始めた。
もう10年ほど前の話で、その先輩猫も
死んでしまったが、そんな事があったのは
その一度きりだったという。





