38「足」【挿絵あり】
ある僧から聞いた話。
「修行する場所は山の中ですけど、基本は身一つです。
中には車で上り下りする不心得者もおりますがね」
30代になったばかりの彼は、前の修行で
あった事を話してくれた。
僧と言っても、いつも修行に明け暮れている
わけではない。
ある程度決められた修行時期や日数があり、
それに沿って動く。
「場所も決められています。
その宗派の総本山とか……
だから下手をすると一度に何十人、何百人と
集まる事になって、同窓会みたいな雰囲気に
なりますよ」
とはいえ、みな修行中の身である。
軽々しく話す事など出来るわけも無く、宿泊所に戻り、
やっと寝る前のわずかな時間が“自由時間”となる。
そこで今日の出来事や、修行の辛さ、今後の予定などを
語り合った。
「こんな事、仏に仕える身で言っちゃいけないのかも
知れないけど……」
隣りに寝ていた、ちょうど同じ歳くらいの修行僧が、
そう言いにくそうに話し始めた。
「山の中で他の僧とすれ違った時にさ……
足がおかしなやつらがいたんだよ」
「足?」
山は広大だが、修行僧が集まっているので、
歩いていれば1日のうちに何人もすれ違う。
軽く会釈して別れるのが礼儀だが、ふと振り返って
よく見ると、着物の裾から出た足が人間のそれでは
無い僧がいた。
「あれはなんなんだ……
動物の足には違い無いんだが……
それとも、修行が足りないからあんな物を
見てしまうのか」
すると、どこかで聞いていたのか、老齢の僧が
話に割って入ってきた。
「失礼な事を言うもんじゃない。獣であれ何であれ
修行しにくるのであれば仏道者じゃ。仲間じゃ」
それもそうかと、納得してその日は寝た。
翌日の朝食時もその事が話題に上がったが、
その話を聞きつけた高僧がやってきた。
みな、お叱りを受けるかもと緊張していると……
「古い文献にはそういう事もあったと書かれて
いたのだが。
そうか、今でも修行に来ていらっしゃるのだなあ」
そう言って去っていったという。