33「方向」【挿絵あり】
お寺の知人の、その修行仲間から聞いた話。
彼の実家は愛媛にあったのだが、中学に上がる頃に
東京に引っ越してきたのだという。
その彼がまだ10才にもならない頃、こんな体験を
したらしい。
家の近くに小高い丘があり、その頂上に神社があった。
その境内でよく遊んでいたのだが、最近になって記憶が
おかしい事に気付いた。
「そこにいた女の子と遊んでいたんですけど」
昔ながらの着物を着ており、それ以外は別に
どうという事もない子だった。
同じくらいの年で、ただその頃は異性と遊ぶと
同性に冷やかされたりバカにされたりする世代。
その事もあってか、彼はそれを家族にも話して
いなかったのだが―――
「遊んでいた時、今思えばどうにも不思議な事が
あったので」
彼女とは、よくアヤトリや手遊び歌など、
2人でする遊びに付き合わされていたという。
しかし、遊んでいる最中、話している方向が
よく変わった。
「正面に向かい合ってても、なぜか隣りから
声が聞こえてきて、振り向くとそこに
彼女の顔があったりして」
それはよくある事で、ある時は頭上の彼女と
手遊びしたまま話していた事もあった。
彼女が活発に、あちこち動き回っているのなら
ともかく―――
冷静に考えてみれば、それはあり得ない事だった。
「当時は何とも思わなかったんですけどね」
近いうちに愛媛に帰省する機会が出来たので、
それで思い出したのだという。
その少女と遊んだのはその年の夏だけで、
それ以来会っていないそうだ。