03「限定」【挿絵あり】
美容院に勤める男性の話。
元々父親が自営で床屋をしており、その影響で
彼もその道へと進んだ。
若い頃の彼は母親似で、たいそうな美男で
あったそうだ。
十代で店を手伝っていた頃は、看板娘ならぬ
看板息子で、彼目当ての女性客もよく来て
いたらしい。
その十代後半の頃。
自室で寝ていた彼は、足元に妙な気配を感じた。
首を曲げて視線を向けると、年は10才くらいで
あろうか、女の子が立っている。
「あー……えっちゃん?」
えっちゃんとは彼の姉の子供、つまり姪で、
よく彼になついていたらしい。
家に来た時は一緒に寝る事をせがむので、
それで来たのだと思ったという。
「ほら」
と、布団の端を持ち上げる。
入るスペースを開けて、敷布団をポンポンと叩く。
“え……?”
一瞬、戸惑うような声が聞こえたが、ゆっくりと
彼女は布団の中に入ってきた。
背中を抱いて、頭を撫でていると、そのうち静かに
寝息を立て始め、それを確認すると彼もまた眠りに
ついた。
朝起きるとすでに彼女の姿はなかった。
朝食の時、彼は何気なくその事を聞いてみた。
「なあ、昨日えっちゃん来てた?」
両親は首を横に振る。
昨晩の事を話すと、両親の顔色が変わって
いくのがわかった。
「ちょっとこっちに来い」
彼は車に乗り込むよう父親に言われた。
いきなりどこへ行くのかと聞くと、それは
車の中で話すから、という事だった。
車を走らせながら、父親は彼に説明した。
何でも若い頃、父親は神の使いである白蛇を
殺してしまった事があるという。
お寺でお祓いをしてもらった結果、何とか
厄を避ける事が出来たものの、もし自分に
息子が生まれたら引き継ぐ可能性がある。
そういう事態になったらすぐに連れて来いと、
そのお寺に言われていたのである。
「そんなまさか」
否定する彼に、父親はその少女の特徴を話し始めた。
「昔の着物を来ていなかったか?
髪は肩から少し出るくらいで、丸顔で……」
昨夜は半分寝ていた事もあったが、
思い出してくるにつれて、それは昨晩見た
少女とピタリと一致していた。
そこまで聞くと、さすがに彼も
信じざるを得なくなってくる。
お寺に着くと、入り口でお坊さんが待っていた。
すぐに本堂に通され、一通り事情を説明するが、
すでにそのお坊さんはわかっていた様子だったという。
「あの時の……そうか。
しかし、これは」
父親は何とかあの時と同じように祓ってくれと
懇願していた。
しかし、どこかお坊さんの様子がおかしい。
何か困惑しているようだった。
「もしかして、手遅れですか」
彼の方から最悪を想定して質問した。
しかし、返ってきた答えは
「確かに息子さんに憑いてはいるんですが、
このままいけば、守り神になりますよ」
なぜかはわからないが、彼はすごく気に入られており、
何の心配も無いという事だった。
拍子抜けした3人であったが、一応お礼を
言って、そのお寺を後にしたという。
後、彼はその少女の夢をよく見るように
なったが、夢の中の彼女は“お兄ちゃん、
お兄ちゃん”と妹のようになついており、
特に怖いとかそういう気はしなかった。
それは彼が結婚するまで続いたという。
私はその話を知り合いの坊さんにしてみた。
「人でも何でも、女は若い男に弱いって事だな」
そう言って坊さんは大笑いしていた。