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百怪  作者: アンミン
百怪・怪異、不可思議
28/300

28「代金」【挿絵あり】


大道芸をしている知人のお話。

彼の実家は東北地方の、ある温泉宿だという。




海沿いにあるその温泉は、岩をそのまま

浴槽として利用した露天風呂で、それほど

有名ではないものの、遠くから毎年やってくる

客も少なくないところだった。




彼が10才くらいの頃、家業の手伝いを

やり始めた。

最初の仕事は岩風呂へ朝の見回りに

行く事だったが、その岩風呂の端に、

魚が打ち上げられている事があった。




「でもねえ、妙なんですよ。

 魚はまだわかるにしても、サザエとかアワビとか

 ある日もありましたから」




それは1ヶ月に1、2度くらいの割合で

あったという。

それを持って帰ると、決まって朝食はその

魚介類になったが、次の日から2、3日は

父か祖父が朝の見回りを変わった。




「その間、僕は別の仕事を言いつけられたんで、

 遊べる時間が出来るわけでもなくて、嬉しくも

 何ともなかったんですけど」




それから3年ほど経ち、彼が中学生になった頃―――

朝の見回りの仕事は相変わらず続けられたが、たまたま、

まだ日が昇る前に見回りに行った事があった。




「それでも、いつもの見回りより1時間程度、

 早いくらいでしたけどね。

 水平線はすでに明るくて、もう少ししたら

 日の出かな、くらいの」




岩風呂に近付くと、パシャッという音が聞こえた。


“え? 誰か入っているのか?”


しかし、こんな時間に客に入らせる事は無い。

無断で入っているとなると、すぐに家に知らせなければ

ならない。

確認のため、彼は岩陰からのぞき込んだ。




そこには、妙齢の女性の後ろ姿があった。

髪はストレートで長く、陶器のような白い肌が

薄闇に映える。

まさか無断で入るような人間が女性とは思わず、

彼はいささか混乱した。




「まあ、初めて女性の裸を見てしまったと

 いうのもありますが」




やがて海に一直線に光が横切ると、湯浴みしていた

彼女はその両手をゆっくりと岸の岩に付いた。


“上がるのかな?”


なおもその裸体を目で追っていると、そのまま半身を

引き上げる。




その腰から下にはウロコがあった。

上半身が向こうの闇に溶け、そして尾びれが上下

逆さまとなり視界から消えた。

岩風呂の向こうはそのまま海である。




呆然としてしばらく立ち尽くしていたが、

気を取り直してその場所に向かうと、そこには

立派なイシダイが1匹、そしてサザエが3個

置いてあった。




彼は戻ると、父親に今見た事を話した。

すぐに祖父も呼ばれ、彼の目を見つめながら

こう話したという。




「美しいと思っても人間ではないんじゃ。

 あまりうかつに近付くなよ」




それからは決して夜明け前に岩風呂を見回る事は

しなかった。

その温泉宿は今でも健在だが、未だに時々魚や貝が

“打ち上げられる”事があるそうだ。





挿絵(By みてみん)

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