22「スイング」【挿絵あり】
都内にある病院に勤める、小児科の先生から聞いた話。
基本、子供は容態変化が激しく、
すぐに熱を出したり体調を崩す。
1才違えば薬の量も変えなければならず、
神経の休まるヒマは無いという。
「病院で一番儲けたければ、小児科と緊急指定を
止めればいいって言われているくらいですから」
ある時、熱にうなされている子供がいた。
解熱や投薬を試みるが、一向に下がる気配が無い。
万が一の容態悪化に備えて、彼は医局に泊り込む
事にした。
一晩明けると、容態は落ち着いていた。
脈も正常に戻りつつあり、彼はホッと一息
ついたという。
仮眠を取るため自室へ戻ろうとした彼を、
看護師が呼び止めた。
「何でしょうか、コレ」
そう言って差し出したのは、オニヤンマと呼ばれる
大きなトンボの死骸だった。
朝、検診のために子供の病室に入ると、それが
ベッドの下に落ちていたらしい。
都内の病院で珍しいとも思ったが何とも
答えようがなく、
“捨てなさい、そんなもの”
と言って、彼は自室へと戻った。
「その後、回復したその子から話を聞く
機会があったんだけど」
聞くと、うなされている間、彼は夢を
見ていたという。
何かがブンブンと自分の周りを飛び回っていて、
怖くて動けないでいる夢だった。
すると、彼の目の前にぬっと誰かが現れた。
高校球児のように、白いユニフォームに身を包み、
手にはバットを持っていた。
ちょうど年齢もそのくらいに見えたという。
そしてバッターのように構えたかと思うと、
振りぬいた。
パン! という音と共に、ブンブン飛び回っていた
何かの音も消えたという。
一緒に聞いていた両親のうち母親が、
「それ、お爺ちゃんかも」
と言い出した。
何でも彼女の父親はすでに他界していたが、
六大学野球に出場したほどの打者であったという。
「医者をやって長いけど、やっぱり肉親の
救おうとする力もすごいと思いますね」
“何でユニフォーム姿だったんでしょう?”
そう問うと、
「可愛い孫に、一番格好良かった時の姿を
見せたかったんじゃないの?」
そう彼は笑って答えた。