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百怪  作者: アンミン
怪異
217/300

17「手と足」

・現代怪談話・伝聞


一緒の会社で働いた事のある知人から、

酒の席で聞いた話。


「昔の知り合いの話なんだけど」


だから、知人の知人の話、という事になる。

その男性はある健康食品系の会社に勤めていた事が

あった。


「社長がね、最悪の人だったって」


最初は無料の健康診断とかテストとかで

相手を信用させ、その後に高価で怪しげな

薬を売りつける。

体質改善から痩せ薬まで、種類はいろいろ

扱っていた。


「従業員も使い捨て。

 人騙すような商売だから、神経がまいって

 しまうんだよね。


 労働時間もあって無いようなもので、

 サービス残業や出勤はザラ。

 だからどんなに頑張ってもみんな2年くらいで

 体調壊すんだと。


 そうなると“健康上の理由”で片っ端から

 切っちまうんだ」


抵抗する人間もいたが、その時はお抱えの弁護士を

入れて、有無を言わさず辞めさせていた。


「そいつの時は、タイムカードの一部を

 証拠として押さえて労基署まで行って、

 会社に“残りのタイムカードも出せ”と

 指導させるところまでやったらしいけど」


しかし、相手はそういう商売と承知の

弁護士である。

一応労基署に残りのタイムカードを提出した

ものの、


「これはアンタだけに見せたんだ。

 もし他の人間に見せたら、職務上知りえた

 秘密をバラしたって事で、公務員法違反で

 アンタを訴えるからな」


そう職員を脅したという。

本来、そういう脅しが成立するわけもないのだが、

事無かれ主義・世間知らずの公務員はあっさり

引っかかる。


「今まで何人もその手で、泣き寝入りさせて

 きたんだろうな」


その知人が去年、社長に会う機会があったという。

場所は公園。

浮浪者、とまではいかないが、すっかり身なりの

みすぼらしくなった彼が社長と気付くまでに、

時間がかかった。


「どうしたんですか?」


そのあまりの格好に驚いた知人は、

“ここじゃ何ですから”

と彼を食事の出来る場所へ誘った。

社長は何度も頭を下げ、一緒に店に入った。


「分かりきっていたけど、“会社は?”と

 聞いたら“無くなった”と」


彼は黙って料理を2人分注文し、目の前の

彼に差し出した。


「おいしいおいしい。初めて人の情けを

 味わった。

 久しぶりのまともな食事だ」


食事をしている最中に、社長の動きが

どこかぎこちない事に気付いた。

見ると、右腕がほとんど動いていない。

その視線に気付いた社長が先に答えた。


「持っていかれたんだ。もう動かん」


何に? と聞くと“神様”という。

そしてポツリポツリと語り始めた。


「気がついたら手を引かれていた」


頭巾のような、頭までかぶる白い着物に

身を包んだ女性に手を引かれ、暗闇の中、

道を歩いていた。


自分は家にいたはず―――

この女性は誰なのか?

いったいここはどこなのか?

自分はどこへ連れて行かれようとしているのか?

何もわからなかった。


「あの、どこへ行くんですか?」


足が止まり、振り返った女性が答えた。


「あなたの望むところへ行くのです」


その顔は恐ろしく無表情であったという。

暗闇のはずなのに、女性の表情はハッキリと

見える。


恐怖が心の底からわいてきたが、なぜか

抵抗出来ず、うながされるままに歩みを

再開した。


「砂利の上を歩いているような感覚だった」


そのうち、匂いが鼻についてきた。

腐った卵を焼けばこんな感じか、と思った。

ふと、道の先に何かある事に気付いた。

小さな門が見えてきたという。


“……あそこに行くのか?”


よくある、木で出来た両開きの扉。

旅館の裏口や、庭に入る入り口のような―――

“この門は絶対に入ってはいけない”

本能が全身に告げ、筋肉を硬直させる。


「でも、ダメだった。

 まるで子供が風船を引っ張るように、

 軽々と連れて行かれたんだ」


先導していた女性が、片手を門にかけた。

口は、口だけは自由に動く。

彼はあらん限りの言葉を使って懇願こんがんした。


「悪かったです。

 申し訳ありません。反省します。

 心を入れ替えます。

 どうかお許しください」


門の片側が開かれ、女性が振り向く。


顔は相変わらず無表情のまま―――

しかしそれで動作は止まった。

自分がツバを飲み込む音が大きく聞こえ、

次の動作を見守る。


「では、置いていきなさい」


「何でもします。

 何でも置いていきます」


否も応も無かった。


「手と足、どちらがよろしいですか?」


悩む余裕は無かった。


「て、手を」


「右と左、どちらがよろしいですか?」


「み、右を……」


彼は左利きだったが、考える余裕も無く

出た言葉だった。

右手は彼女がつないでいる。


「では」


そのまま女性は手を引っ張った。

すると、彼の右腕は肩から玩具の人形のように

スポッと抜けた。


ハッと目が覚めると、彼は自宅にいた。

ソファに座って、テーブルに突っ伏して

いたという。


昨夜の状況を思い出すにつれ、酒を飲んでそのまま

寝入ってしまったのだと―――

フラフラする頭で理解してきた。


「妙な夢を見たもんだ」


両手に力を入れて上半身を起こそうとしたが、

右腕に全く力が入らない。

ソファに背中を預けて右腕を見ると、その肩の下に

何かがめり込んでいた。


「ツマミを刺してあるプラスチック製の

 楊枝ようじだった。

 不思議と、痛みや出血はほとんど

 無かったが」


すぐに救急車を呼び、彼は治療を受けた。

それは神経を傷付けており、完全には元に

戻らないだろう、そう医者に告げられた。


「だから、右手は赤ん坊くらいの握力しかない」


酔った上での事故として処理され、手術後

リハビリのために入院したが、その最中に

海外に作ったサプリメント工場でトラブルが

起きたとの連絡が入った。


「現地の責任者が資金を持ち逃げしたんだと。

 ただ、これからいろいろ起こるだろうな、

 何となくそう思ったのを覚えている」


それからすぐ、お抱えの弁護士が他社で

税理士と組んでの脱税容疑で逮捕された。


社長も関連しているのではと疑われ、

ベッドの上で聴取に応じたという。

夢を見てから半年ほどで会社は会社更生法を適用。

事実上倒産した。


「今は、どこかお勤めしてるんですか?」


「……社長を“やらされている”」


「?」


「今は、中小企業向けの融資を国が

 保証してるんだ。

 ほとんど潰れかけている会社に可能な限り

 融資して、どこかのタイミングで倒産させる。


 社長経験があったから、それで社長が

 逃げた会社の後釜とかやらされてるんだ」


追加で注文したビールを飲み干すと、

そのジョッキをしげしげと見つめながら、


「いつか切られるために働いているんだ。

 銀行にゃ逆らえないほどの借りがあるからね。

 個人的な金を持つのも許されない。


 ……いつ用無しになるか、毎日ビクビク

 しながら会社行ってるよ」


店を出る時、“社長”は何度も頭を下げた。

一応名刺をもらったが、その時に見たサイフは、

お札もカードも無くペラペラだった。


ネットでたまに会社名を確認しているが、

まだ倒産はしていないようだという。



( ・ω・)最後まで読んでくださり

ありがとうございます!

『百怪』は日曜日の午前1時更新です。

深夜のお供にどうぞ。


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