03「守る」
・現代怪談話・伝聞
フリーライターの知人から聞いた話。
「身内の恥のようで、恥ずかしいんですが」
彼には、姉と兄がいた。
長女、長男、次男(彼)という3人兄弟で、
姉とは仲が良かったのだが
「3歳違いの長男がねぇ……
『暴君』という言葉がピッタリ。
とにかく、手の付けられない人でした」
他の同年代の子供と比べて体格が良く、
暴力を全くためらわない性格だったという。
また美形で、常に女子の人気は高く、中学
卒業の時はボタンからネクタイ、上着まで
全部“あげた”ほどだった。
「家の中では僕は“道具”でしたね。
母は兄を溺愛していたし、父は家庭には
無関心。
唯一姉だけが事ある毎に注意してくれて
いましたけど、女ですから限界がありました」
兄が高校に入ると暴力の度合いは増した。
どんな些細な事、というレベルではなく、
気が向いたら殴る。
鼻血が出るまで殴り、その10分後には
テレビを見てゲラゲラ笑っている。
「殴る理由なんて、あってないようなものです。
目の前を通り過ぎたから、命令した買い物が
遅かったから……
命令したい時に寝ていたから、というのも
ありましたね」
彼がアルバイト出来る年齢になると、今度は
彼の買ってきたゲーム機などを勝手に売って
小遣いに換えたりもした。
「お前がそういうオタクくさい趣味に使うより、
俺が遊びに使ってやった方が金も喜ぶってもんだ」
母親がそれに同調し、かばうものだから
兄はますます増長した。
そんな兄も高校卒業後、20歳になってから
1人暮らしのために実家を離れた。
自立とは言っていたが、ずっと後で母親が
全額負担していた事を知った。
「さすがに実家じゃ、女どもと遊べないからよ。
お前にゃわからねー世界だろうが」
そんな兄が、2年後に実家に帰ってくる
事になった。
すでに大学へ進学していた彼は、実家から
出る事を決意。
父親に保証人になってもらった他は、全て
溜めていた自費で1人暮らしを始めた。
その1年後、兄から彼へ助けを求める電話が
あった。
母方の母親、つまり祖母が緊急入院し、母が
看護に出かけたのと、当時体調を崩して食事の
用意も満足に出来ないので、実家に来て自分の
世話をして欲しい、との事。
「兄が一度1人暮らしをして以来、ほとんど
顔も合わせてなかったので……
バイトと大学の合間でいいなら、と
引き受けたんですよ」
結局、1ヶ月ほど兄の世話をした。
兄は見た目にも少し痩せており、原因は不明だが、
何かの疲れが蓄積していたのだろう、そう医者に
説明されたそうだ。
体が弱っていた事もあるのだろうが、兄は
素直に彼に感謝した。
その1年後、父親にアパートの契約更新のため、
再度保証人になって欲しいと頼みに行った時の事。
体調が回復していた兄が、なぜか彼の目の前に
立ちふさがった。
「まず俺に許可を取れ」
何で兄に関係があるのか? と聞くと母親が
割って入ってきた。
「人生の先輩として、俺はお前に言う権利が
あるんだよ」
母親はそれにウンウンとうなづき、父親は
黙ってそれを見ていた。
「要は、“金を出せ”って事だったんで
しょうけどね。
正直ここまで腐っていたとは」
そもそも、人生の先輩たる兄は戻って来て以来、
ニートも同然で、逆に家からお金をせびっていた。
こちらは自活で精一杯で、とてもじゃないが
家に回すお金などない、とにかく余裕は無い
と告げると―――
「じゃあ土下座しろ。誠意を見せろ」
血が沸騰するのを抑えて、とにかく今ここで
ガマンさえすればいい、そう思って彼は頭を
下げた。
兄はその“上”にかかとを乗せると
「心の底から土下座してねぇなあ?」
無言で彼は立ち上がり、その反動で兄は
ひっくり返った。
その時でも彼と兄の身長は10cmほども違い、
勝てないだろうが、せめて何発かお見舞いして
やろうと覚悟を決めた。
「テメェよぉ!?」
兄は立ち上がり彼の胸倉をつかむ。
そのまますごむ兄の目をじっと見上げていたが、
「あっ」
不意に兄がそう声を発すると、つかむ手の力が
緩んだ。
そしてヘナヘナと床へ崩れ落ちる。
それを見ていた母親が絶叫して、兄の名を
呼びながら彼を突き飛ばした。
「母親が救急車を呼んで……
保証人は、その後父がサインしてくれました」
兄は以前かかり付けだった病院へと移送された。
そこで一週間ほど入院して様子見した後、
「これは多分、西洋医学ではなく、
東洋医学に診てもらった方がいい」
と、ある鍼医を紹介された。
兄は母に付き添われてその鍼医に紹介状を
持っていった。
施術の後、鍼医は2人にこう告げた。
「……その若さで、ずいぶんと、恨みを
買っておりますな」
返す言葉が無かったという。
「後で聞いたんだけど、外でも兄はいろいろ
問題を起こしていたらしい。
自転車ドロやカツ上げで警察のお世話にも
なっていたって。
もちろん、女絡みのトラブルもね」
2年後、またアパートの契約更新に伴い
実家を訪れた彼は、兄と再会した。
「最初、どこのおじいちゃんかと思った
ほどで……」
目はくぼみ、髪は薄く、そのほとんどは
白髪になっていた。
顔も体も以前とは比べ物にならないほど痩せこけ、
実年齢より30は老けている様に見えたという。
もう恨んではいないが、一体どうして
こんな事になったのか?
そう聞くと、兄は唇を震わせながら弱々しく
語り始めた。
「……あの時、お前の胸倉をつかんだ時な」
彼の顔が、石で出来た地蔵の顔に変わった。
驚いて凝視していると、その穏やかなそうな
口が開き、
「もうお前は守ってやれん。
今までの分も返してもらう」
そう告げたとたん、体の力が抜けた様に
なり、気付いたらベッドの上だったという。
母親にその事を話すと、ワッと泣き崩れた。
「母の実家は、三陸のある山村だったん
ですけど……
兄が赤ん坊の頃、一時病気で危ない時が
あったらしくて。
その時、村にあった地蔵に毎日お祈りして
いたそうです」
その地蔵は兄も彼も見た事があった。
「俺は神仏に見捨てられた。
あれが最後の一線だったんだろう。
自業自得だ……」
ベッドに横になったまま、兄はそう
つぶやいたという。
今は30を過ぎているが、一生もう元には
戻らないだろうな、そう言って彼は視線を
落とした。
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