13「片手」【挿絵あり】
「ちょうど梅雨の時期ですね。
あの時も雨が降っていて……」
都内で配送のアルバイトをしている女性から
聞いた話。
彼女がまだ幼稚園くらいの頃、法事があり
親戚一同集まった事があった。
「実家は高知の方だったんですけど。
どちらかと言うと、実家の近場に温泉があって、
そこに行くのが楽しみだったんです」
法事の後、親戚の大半は温泉に出向く。
しかし子供はのぼせるのが早い。
彼女も例にもれず10分ほどで出て、
ほてった体を冷やしていた。
温泉の近くにはちょっとした雑木林があり、
それを思い出した彼女は、母や大人が
出てくるまでと、1人林の中へ向かった。
「その時も雨が降っていました
けど、小雨だったので。
でも林に入ると」
ポツポツと振り出した雨は、やがて本格的な
降りとなった。
雨宿り出来る場所を探そうと動き回るうち、
林の中で迷子になってしまったという。
「温泉施設まで100メートルも無かったんですけど、
その時は慌ててしまって」
泣きそうになっていると、ふと雨が止んだ。
しかし雨音は続いている。
不思議に思って空を見上げると、傘が目に入った。
「当時マンガであった、囲碁の人みたいな。
昔風の着物を着た人が、傘をさしてくれて
いました」
その人は手を差し伸べてきた。
その手をつかむと、ゆっくりと歩き出した。
「一瞬しか顔を見れなかったんですけど……
女性か男性かわからないくらい中性的な
顔立ちをしていて」
やがて温泉施設が見え、お礼を言おうとその人を
見上げた時、すでに姿はなく、片手にハナショウブを
握っていただけだったという。
「だから私は、あのマンガの攻めと受けには
人一倍こだわりがあるんです」
言わなくてもいいこだわりを言って、
彼女はそう締めくくった。