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百怪  作者: アンミン
百怪・怪異、不可思議
1/300

01「2人」【挿絵あり】

人外の悲恋物。聞いてきた系の怪談描写です。

聞いた話。


今から30年ほど前になるが、ある母子が

お寺に相談にやってきた。

20代半ばの青年を連れてきた母親が言う事には、

その彼の女性関係について心配して来たらしい。


何でも、1人として長続きせず、また別れる原因は

決まって浮気。

必ずと言っていいほど二股をかけていて、もう何度も

それが発覚して別れるというパターンを繰り返していた。




「この子の父親も色狂いでしたけど……

 女手1つで育ててきて、幼い頃以外は

 会わせた事もなかったのに。

 どうして似てしまったんでしょうか……」




とりあえず話を聞いていた僧侶は、母親の前では

話し辛い事もあるでしょうから、と母親を先に帰し、

その青年から事情を聞く事にした。


見た目には美形とは言えずとも生真面目そうな顔を

しており、彼が浮気を繰り返しているなど想像も

出来なかった。


世間話などして、また自分のそれまでの相談の

ケースから、いろいろと話を引き出そうとするが、

なかなか口が重く、核心には迫れないでいた。




「うーん……1人の女性では満足

 出来ないの?

 そういう人もいるにはいるけど」




こう聞いた時、その青年は意を決したように

口を開いた。




「違います。ただ、僕は……

 2人でなければダメなんです」




1人ではなく、3人ではなく―――

どうしても2人という事に彼は固執していた。




「でも、それじゃ女性の方が納得しないでしょ」




彼はコクリとうなづきながらも、顔を上げて応える。




「それでも、僕に取ってはそれが

 当たり前だったんです」




それは当たり前じゃないだろう―――

とも思ったが、何か引っかかる物を感じたので、

そこを追求してみた。

また彼の口は一段と重くなったが、ポツリと




「信じてくれないと思いますが」




と話し始めた。




物心ついた時から、父親とは別居しており、

というより最初から結婚自体していない

家庭だったらしい。

いわゆるシングルマザーである。


ただ、住んでいた場所は母親の実家であり、

祖父や祖母に可愛がられながら、当人としては

幸せに暮らしていた。




「“それ”を初めて見たのは―

 おたふく風邪の時だったと思います」




熱にうなされながら、昼間、自分の部屋で寝ていた彼は、

ふと部屋のドアが開く音を聞いた。

祖父は当時まだ若く、母親も仕事勤めをしており、

2人とも昼は家を空ける。

居るのは、必然的に祖母という事になる。

お婆ちゃんが来たと思った彼は、ドアの方へ

視線を運んだ。




しかし、ドアは開いたもののなかなか姿が現れない。

不思議に思って視線を下へ移すと、自分と同じ年くらいの

着物姿の女の子が、這うようにして部屋に入ってくるのが

見えた。




親戚の子が来たのかな、くらいに思っていると―――

段々とその子の上半身が部屋に入ってきて、

ただそこからが通常とは違っていた。




当然、上半身が入ってくれば、後に続くのは下半身という

事になるのだが―――

そこから胴が入ってきて、腕が見え、そして頭が現れた。




「ベトナム戦争の枯葉剤の影響とかで出た

 結合児の話とかがあるだろう。

 ちょうどそんな感じだったらしい。

 腰から対照的に、上半身同士がくっついている、

 そんな状態の女の子が入ってきたんだと」




その時の彼はそれを不思議とも何とも思わず、

“ああ、こういう子も中にはいるんだな”

くらいにしか考えなかった。


まだ幼く、熱で呆然としている頭では考える余裕が

無かっただけかも知れないが。




彼の方は高熱のせいか視点がなかなか定まらず、

時折り視界に入る彼女“たち”をながめるのが

精一杯だった。

また、彼女らも彼にチラチラと視線を送るが、

反応が無いと見ると、元きたドアから出て行って

しまった。




「それが最初の出会いで……

 それからも、彼女たちは良く私の部屋に

 出てきました」




それは昼夜を問わず、ただ彼が部屋で1人きりで

いる時に現れるようになった。

彼女たちは壁と言わず天井と言わず這い回り、

こんな事も出来るんだなあと驚く事もなく、

ただ気にもせずに過ごしていた。




そんなある日、布団に入って天井を見上げていると、

また彼女たちが姿を現した。

ふと、彼はずっと彼女たちを視線で追う事にしてみた。




いつもと違う様子に彼女らは戸惑った感じで―――




「ね、もしかして見えてる?」


「気付いてないと思うよ?」




そんな彼女らの会話が聞こえてきた。


しゃべれたんだ、と妙に感心していると、

今度は彼女らの1人が彼に話しかけてきた。




「ねぇねぇ、もしかして私たちの事、

 見えてるの?」




彼は彼女たちから視線を外さずにコクリとうなづいた。

それを見て、“2人”は文字通り顔を見合わせた。




「ほら! 見えているみたいだよ!?」


「えっ!? 本当に?」




するすると、天井から壁に沿って、彼女らは

布団の近くまで降りてきた。

彼は上半身を起こしてその2人と対峙した。

そして彼女らは、彼を質問攻めにした。


いつから見えていたのか?

他の人に自分たちは見えているのか?

この部屋以外で見た事はあるのか?




彼も素直に質問に答えた。

おたふく風邪で寝込んでいた時から見えていた事―――

他の人には多分見えていないだろうとの事―――

この部屋以外では見た事がないという事。




それを聞いて彼女たちも半分興奮し、もう半分はどこか

納得した様子で聞いていたという。




それからというもの、彼は自分の部屋でよく彼女たちと

遊ぶようになっていった。

ただ、その“体”の制限上からか、よく彼女らは交互に

彼と話そうとクルクルと腰を軸に回転し、彼もまた

あまり彼女らに負担をかけまいとして、2つの頭を

行ったり来たりしながら遊んだという。




「不思議なのは……

 いえ、全てが不思議でしょうが、

 彼女たちは僕と同じように成長していったのです」




やがて思春期となり、彼女たちも年相応の意識を

持つようになっていった。

“仲の良い”関係は、“恋人”へと自然に格上げされ、

名前の呼び方も“~ちゃん”から“~さん、~君”に

変わったという。




彼が大学に進学する事になった時、家を離れる事を

彼女たちに告げると、自分たちはそこまでついて

行けない、と応えた。




「卒業したら、必ず戻るよ」




そう彼は言ったものの、上京して半年ほどで、

同じ大学の恋人が出来て情を交わしてしまった。

正月に実家に戻った時、彼女らは現れず、

“終わったかな”と思い、寂しいながらも

諦めがついたらしい。




それ以来、彼女たちは現れる事はなかった。

そして―常に2人の女性を恋人とする彼の

偏愛歴が始まった。




「分かっているんです。

 “彼女たち”が僕に愛想を尽かしたように、

 他の女性も―――

 “自分だけのもの”と思っているんですから。


 でも、僕は……

 2人じゃないとダメなんです」




結局、事情はわかったもののどうする事も出来ず―――




「話は分かったけど、結婚は出来ないよね。

 重婚は犯罪だから……

 いずれは全てを認めて、受け入れてくれる

 女性が現れるかもしれないけど、

 正式な結婚は諦めるべきだね」




彼は当然というように首を縦に振って、

丁重に礼を述べて帰っていった。




「しかし、30年、ですか。

 でもどうしてそんな古い話を?」




そもそも、何か話は無いかと振ったのはこちらなのだが。

指をアゴにあててしばらく考えていたが、

その少しシワの入った手を置いて、語り始めた。




「つい先日、似たようなケースを相談されてな」




シングルマザーで、息子の女性遍歴についての相談。

しばらくは忘れていたが、そこで記憶の糸がふと

つながった。

彼もまた、「2人でないとダメ」という主旨の事を

話していた。




「もしかして、と思ってたずねてみたんだが―――」




その異形のモノについて心当たりは無いか、

そう聞いたところ、彼は目を丸くして驚いたそうだ。

どことなく面影も、過去に相談しに来た青年と

似ていて―――


「彼の息子だな」と直感したという。




とはいえ、確証も無いし相談しに来た人間の

プライバシーもある。




「同じようなケースを知っていてね」




と誤魔化すと、向こうもそれ以上は追求して

こなかった。

ただ、その彼自身はどこか合点がいったというか、

憑き物が落ちたような顔をして帰っていったという。




「これはあくまでも推測に過ぎんが―――

 昔相談しに来た青年の父親も、単なる

 色狂いではなかったんじゃないかな」




ふっ、と視線を落とすと、タバコをくわえて

火をつけ、




「化け物というのも、難儀なものだよなあ」




煙を一息、何も無い中空に向かって

吹きつけながらそう彼はつぶやいた。








挿絵(By みてみん)

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― 新着の感想 ―
[一言]  こんな恋愛もある、ということで、人の数だけ恋愛のバリエーションがあるということでしょうか。  因みに動画でCH怖い都市伝説も見てますけど、それに近い雰囲気を感じました。  夜には見られない…
[一言] 浮気をしても恋人や青年になにか不幸をもたらすではなくそっと消える、きっと心優しい怪異だったんでしょうね。
[良い点] 文章が読みやすくて、最後まで一気に読ませる筆力もあります。とても面白くゾクゾクしました。
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