序章 Jの禁忌
順風満帆な鴉間守は、これからも同じ生活が出来る。····はずだった。
ヒートアイランド現象に相乗してか、いつものように暑苦しく騒がしい都会の真ん中を、無駄に背の高い男が黙って歩いていた。
名前は鴉間守。極普通の人生を歩んできた32歳だ。
誤解を与えてくる輩がたまにいるが、俺は決して童貞だとかコミュ障だとかヒキニートゲーマーとか、そんな部類に入って異世界転生くらうようなやつではない。
それなりに大きい会社に入り、課長に任ぜられているし、彼女だっている。悪いな。妄想オタク転生厨ども、俺で現実逃避は辞めておけ。
俺は今の生活がしみじみ幸せだ。付き合ってもう5年だし、そろそろプロポーズしようかなーって思ってもいる頃だ。
転生なんて、冗談でも御免だな
〜〜〜
「邪魔なんだよお前は! どっか言ってろ!」
また、追い出された。知らない男は呼ぶ癖に、なんで私は、こんなふうにするの?教えてよ。お母さん。
雨の降る道を、歩く。なんでこんなにタイミングよく....これじゃ、私が泣いていても分かんないじゃない。
つくづく思う。こんな世界。早く消えて欲しい。私が好きな異世界転生の本は、追い出された家の中だ。
冴えない高校生とかが、神様からチート能力を与えられて異世界に転生し、その力を人々から崇められて、人生を満喫する。
私だって、それが約束されているなら、今すぐにでもトラックにダイブしている。
でも、現実は、トラックの衝突よりも、痛く、重い。
気がつくと、雨は止んだ。たまに虹がかかったりもするが、今日はまだ雲がどよんでいる。
仕方がないから、図書館で時間を潰すかーー
「ああ〜やっと止んだわ....ってあれ? あいつ、山村じゃね?」
げっ? なんでよりにもよって!!!
「ほんとだ(笑) おい! ビッチの遺伝子が彷徨いてんじゃねえよ! 空気が汚れるだろ!」
私に明らかに害を与えるであろう5人組が近づいてくる。
お察しの通り、私は、いじめられている。最初の原因は、母親ではない。
私は、中学生までは美人、勉強が出来る、良性格の、モテ女子三点セットを併せ持った、学校では成功者であった。幾ら母親がクズでも何とか隠し、生きながらえてきた。
だが、本来精神が成長するはずであろう高校生になって、そこにいじめ首謀者はいた。
中学生時以上のマウンティング戦争に巻き込まれ、嫉妬の対象にしやすい私は、奴らの格好の餌となった。
だがそれでも、今までの経験(主に家)から、無視程度なら、耐えられた。なら、それだけではないのが、この世界だ。
母親の詳細が、クラスの中心人物に、バレた。
どうやら、援交で小遣い稼ぎをしている最中に、母親に話し掛けられたのだ。(てめぇらも十分クソビッチじゃねえかこの痴漢冤罪予備軍が)
「あら? ウチの娘と制服一緒じゃない?」
と、私の母はほざいたそうだ。
そこから色々聞けば、もう全てが露呈してしまったそうだ。
帰宅して母からそれを聞いた時、私は終わりを確信した。
次の日には机に落書き、誹謗中傷、机がない、恫喝、暴力、いじめでありそうなことは一通り行われた。
そして現在も、中心人物にあえば、このようにどこでもいじめを受けられる。
可能用法じゃないぞ、受け身形だ。
「てか、なんで生きてんの? クズはさっさと死んでよ。」
「ゴミが堂々と歩いてんじゃねえよ!」
(そんな肩を押されたって、あんた達が殺さない限り死ぬ権利はこっちにあるんだよ)
心の中ではそう言っても、もう私には言い返す気力も、性格も、失ってしまった。
裏路地に引きずられ、またボコボコにされてしまった。
するのは3人の女子で、残りの2人の男子はニヤニヤ見ていたり、スマホをいじっている。(せめて見届けろ)
奴らが飽きたら、やっと解放して貰える。
よろめきながら、再び歩き出す。
なぜいじめを訴えないのかと疑問に思う人もいるだろう。
だが、その策は見事に破綻されている。奴らの普段の生活は至って真面目だ。勉強はそれなりにし、部活はしていないが、教師に非行を隠して気にいられながら隠れて私を虐めているのだ。(机の落書きも水性ペンで描きやがって)
信用出来る人は、誰もいない。もう、いいよね? 私、肝心な所は世間知らずで、臆病者の、わたし。
頑張ったよね? 精一杯、17年間頑張ったよね?
いいよね。 うん、いいよ。もう。次はどうか、
幸せな世界でありますように
〜〜〜
午後、6時。 今日は勝負の日だ。予約したレストラン前で彼女、久保田真依を待つ。
女性らしさがあるかと聞かれれば、どちらかと言えば男勝りな部分もあるが、そこからきた裏表のないハッキリとした性格が、むしろ好きだ。
女子だからと無駄な気遣いをしなくていい分、本当に支えてあげたい所で話が出来るのが彼女といて嬉しくもあり楽しい。
違う会社で働いているが、取引先で会ってからお互いに印象に残ったのか連絡を取り合い、俺から告白して今に至るーー
「おっ待たせー!」
「お、来たな」
カツカツと鳴らしながら小走りでやってくる。いつもはズボンしか履いていない彼女が、今日はしっかりオシャレをしてきている。うん。可愛い。
「びっくりしたよー。急にお高いレストランで食事をしようなんてさ。私たち記念日とか作ってないよね?」
「たまにはいいじゃん。お互い忙しかったんだし、そっちもひと段落したんだろ? お疲れ様会しようぜ」
太っ腹ー。ありがとう! と、明るいお礼を頂き、中に入った。
暫くは彼女の方がはえーとかほえーとか驚いていたが(こういう場所来たことないのだろうか)、その後は落ち着いて食事をした。そして、
「真依、実は、今日誘ったのはお疲れ様会だけじゃないんだ。大事な話がある」
「え? どうしたの急に? ドッキリ?」
まあ、ある意味そうかもな。俺はポケットから小箱を取り出す。流石に察したのか、彼女ははっと驚いてこちらを見ている。
「付き合って5年。最高に楽しかった。真依とは、次のステージに進みたい。もしかしたらこれまでより大変なこともあるかもしれないが、必ず支え合うと約束します。だから、」
「俺と、結婚、して下さい」
(言ったーーー!!! とうとう言ったぞ! なんか、言った後の方が恥ずかしいな)
彼女を改めて見ると、アレ?泣いてる?
「え? え?····ウソ! マジで!?」
マジですよ。真依さん。宜しければ返事を
「私でいいの? ホントのホントに?」
俺は首をブンブン縦に振った。
「うう....うわーーーん。お母さん! この久保田真依、不肖ながら、とうとう結婚致しますーーー!!!」
亡くなったお義母さんに宣言する形だが、俺のプロポーズは見事成功したのであった。
「うわー凄いね。この指輪めちゃめちゃ高かったんじゃないの?」
「そりゃなあ、まあ、それなりには、くらいでいいか?」
嬉しそうに彼女が頷く。時々「ぐふっぐふふっ」と笑う。彼女が本当に嬉しい時に発する声だ。
俺だって最高の気分だ。これまでの失敗やキツい仕事も、全て報われた気分だ。
「これから、真依のお父さんに改めて挨拶しなきゃなあ」
「大丈夫だって。お父さん。守のこと大好きだし、お前は私の息子だー! って言ってたじゃん」
確かにそうなんだが、許しを得ることも分かっている。あくまでこれは形式的なことで、ちゃんと直接挨拶に行くことはやはり重要だ。
「じゃあさ、明日もう行こうよ。 どっか出かける予定だったけど、いい?」
そうするか。と、同意をしたら、ちょうど彼女の家についた。
たまに遊びに行くが、部屋の状態はオンオフが激しい。
彼女は仕事などが忙しくなると、一気に整理整頓出来なくなってしまう。例外もあるが、今日は····
「守がよかったらさ、今日、泊まってく?」
「え? いいのか?」
いいよ。と言ってドアを開けて貰える。これはまさか
今日の部屋は綺麗モードだった。
暫く話した後、俺は今、風呂にいる。
女性が入っているお風呂というのはやはりドキドキする。
ああ、ここで、体を洗っているのか。と思うと、不必要な妄想もついしてしまう。
今日は、いいよな? しても。普段はそこまで性欲が出ない俺も、条件が揃えば昂ぶるものだ。
よし! 俺が出て、真依が出たら、これまでの感謝を言った後に、キスをーー
「やっほー! お邪魔しまーーーす!」
きゃー襲われるーーー。じゃなくて!
「ななな、何で入って来てるの!? しかも、ははは裸ではないですか!?」
「いいじゃん。私の家なんだから、私がどうしようと勝手なのだ!」
そうじゃないんですよ! 物事には色々準備というものがね。
「鴉間くん? 男だけじゃないんだよ。こっちだってね····」
ゴクリ····
「ムラムラしてるんだーーー!!!」
「左様でございますかーーー!!!」
その後は、うん。最高でした。それ以上は聞いてはいけない。
彼女の隣で、喜びに満ち溢れながら、俺は眠りについた。
〜〜〜
まさか人生最後の買い物がカッターと睡眠薬になるとは、つくづく最悪な人生だった。
しかも、何故こんなに冷静なのか、自分でも分からない。
風呂に湯を溜めて、睡眠薬を大量にのみ、効果が現れてきた所でブシュっと一切り。
湯で温められて血行を良くして、意識不明のまま出血死させる。
自殺のよくある手口だが、結構深く切らないと死なないらしい。
死ぬのに、痛みの方が怖いなんて、私は絶対におかしい。
考えるのも馬鹿馬鹿しい。さっさとかえーー
「もったいない」
へ? もったいない? え? 何? 私に言ってるの?
「まさしく。あなたのような若い淑女が、暗い面持ちのせいでそれを隠されていらっしゃる。」
少し見上げると、謎の修道服をきた男が立っていた。
こんなタイミングで宗教勧誘かよ。もっと早く救って欲しかったわ。
「すいません。私、神とか信じてません。だから今からもうーー」
「だからですよ。私も同じ、救いは神ではなく、自分で何とかしなくてはいけないのです。それが、」
「この世界なのです」
男がさらに続ける。本来人間は助け合う存在だった。しかし、今の人間は自分を僻み、他人を妬み、自己保身や他人を蹴落として優位に立つための行動しかしていない。
だからこそ、神ではない現実の他人に助けを求める行動が、それを打壊する唯一の方法だという。
「でもそれって、神に救いを求めるのと一緒じゃないの?」
「神に近い存在を私は知っていますが、残念ながらそれを示したり、実際に救うことは、出来ないのです」
何それ? 出来もしない癖に、人に甘い言葉をかけて、自分の地位をあげて蜜だけ吸ってるって言うわけ? それって
「超卑怯じゃん」
「ですよね! 私はそれを訴えているのです。だから私はこの現実の世界の範囲内で、それを得る方法をこれまで探っていました。そして遂に! 発見したのです」
そう言って男が取り出したのは、魔法陣みたいなものが描かれているのと、何も描かれていない紙が2枚。
紫がかった黒のインクと筆のセットを渡された。
何これ? 黒魔術?
「黒魔術ではありませんが、似たようなものなのでそう言ってもらっても構いません。世界には知られていないだけで、科学以外の力というのは勿論存在します。」
「信じ難いのは百も承知ですが、これでも神の力などと比べればより現実的なものなのです」
で、私はこれを描くとどうなるのでしょうか?
「あなたは一度死んだような形になります。そしてーー」
「現実の誰かの意識を、植え付ける。か」
死にたいあなたにはぴったりって、余計なお世話だわ。
男と分かれ、帰ってこれた家の部屋の中で、もらった道具をまじまじと見る。
本当に科学以外の力なんてあるのか?
時間は午後11時40分。この時間まで家に入れて貰えなかったのが本当に笑える。
あの母め、おかげで決心がついた。リストカットと比べて痛くないし、もうどうなろうと構わない。
やってやる!
午前0時までに描き終えなければならないことを考えて、間違えないように真似て描く。
そして、59分。描き終えた。後30秒。思い残すことは、もうない。さようなら、世界。『私』は、
死にます
····プツン
〜〜〜
「すみませーん。起きてくださーい! 起きてーーー!!!」
うわっ!!! 頭の中で響くような声に、俺は意識を覚ました....ってここどこ! 宇宙!?
「宇宙ではありません。高速で移動しているあなたの意識の魂の中です。」
「だ、誰だ!!!」
そう訴えてかけると、少し離れた先に、白いスーツを着た少女がこちらを見ていた。
「私、『世界生死管理局日本窓口』の、朝倉奈々。と言います。」
はあ? 訳分からんこと言ってんじゃねえ! 早く現実世界に俺を返せ!
「お気持ちは分かります。ですが、それが出来ないからこうしてお伺いしているんです。どうか落ち着いて聞いて下さい」
朝倉奈々が説明する。世界には科学の力とは別の霊の力がある。
そこまでは、全く信じられない訳では無い。テレビでは、たまに幽霊や恐怖映像などを見たことはある。
不思議な力もあるんだなーとくらいにしか見ていないのだが。
それで、人は死ぬと、魂がその生死管理局なる場所で選別され、別の生き物などに転生するらしい。
前世などがあるのかと聞いたら、意識と魂は分離され、魂はあくまでそれそのもので、意識はその後に生まれるものだという。
「それでですね、魂に関する重要な法則がありまして、それは、魂は一方向にしか移動させることが出来ないはずなのです」
簡単に言えば、一度生命に宿した魂は、他に移動することは出来ない。ということか。
「そういうことです。 流石、ご理解が早い。というか、よく落ち着いていられますね」
落ち着けって言ったのあんたじゃん!!!
「ひいっ!? すみません!」
「謝らなくていい。それで、『はず』ということは、なんかイレギュラーなことが起きたんだろ。」
説明が再開される。どうやら何らかの別の力で、俺の意識が無理やり別の生命に双方向的に移動させられている。
で、その原因が分からないから、どうしようもない....ってそれじゃあお前が来た意味ないじゃん!!! 嫌だよ! 虫とか絶対嫌だよ!
俺は今、人間の人生でやっと幸せ手に入れたんだ! せめて全うしてからにしろよ!
「ひいっ!? すみません! すみません! あ、でも、移動先は分かっているんです! なんと、女子高生ですよ! いやーラッキーですね。顔も悪くないし、日本人離れした胸もセットですよ。寧ろこれでよかったーー」
「良くねーよ! 俺をどこぞの現実逃避オタクと間違えてないか? 俺は女になりたいとか思ったことないし、ついさっき彼女と婚約取り付けた所だったんだよ!」
ついカッとなって叫んでしまったが、朝倉奈々が顔を涙と鼻水でぐしゃぐしゃになっているのを見て、冷静さを取り戻した。
「....ああ、なんか、すまん」
「ひぐっ....こちらこそ、力不足で申し訳ありません。これから全力で解決に取り組みますし、私も、できるだけあなたのバックアップに務めますだから、もう許じでーーーうわーーーん!!!」
泣きたいのはこっちだ....とは言わないでおこう。その言葉だけは信じて、この事態を、受け入れよう。
「そろそろ到着します。衝撃に備えてください!」
え? 衝撃って何うわあああああああ!!!!!!
ズギュウウウウウン!!!!!!!!!!!!!!
いでぇ! どうやらベッドから落ちたようだ。部屋はボロいのに逆に不釣り合いなベッドだな。
あ! それより、ちゃんと移動しているのか?
俺は慌てて鏡をみた。
黒くて肩まである髪、可愛い系の顔、彼女と同じくらいしっかりある膨らんだ胸、くびれ、ちょうどよさげな太もも、そして何より、着ているセーラー服。 俺、本当に、
「女子高生だあーーーーーー!!!!!!」
なんか、急に出てきたので、せっかくということで描きました。別のやつと両立出来るよう頑張ります。