イルカに乗った少年
イルカに乗った少年
その昔、全能の神ゼウスはオニキスという少年を心より愛していた。
オニキスもまたゼウスを愛しその身を捧げ尽くしていた。
ある日、オニキスがイルカに乗って遊んでいると島の少女サラ・ポーに出逢い二人はすぐに恋に落ちた。
やがて激しく愛し合うようになったオニキスとサラ・ポーの事をゼウスが知りゼウスは激しく怒り狂った。
そして、ゼウスの怒りによりオニキスはイルカに乗ったまま黄金の像と変わり果てた。
深く悲しんだサラ・ポーはそれ以来歳をとる事もなくオニキスが沈んでいる海を眺め続けた。
「これがサンペドロス島の伝説だ!みんな!呪いを受ける覚悟はあるか!」
サンタマリア号船長のジョニー・フランクスは笑いながら船員達に話した。
「船長!あまり驚かせないでくださいよ!それでなくてもあの像は引き揚げようとした船を沈没させるっていう噂があるんですから!」
小麦色に焼けた素顔でジョニーはニヤリと笑った。
「だから俺達がやるんだよ!呪われた像を最初に引き揚げてやるのさ!」
今日のこの日の為にジョニーは有り金をはたいてこのサンタマリア号を購入して船員達を雇ったのだ。
失敗は許されなかった。
「そろそろサンペドロス島だ!着岸の準備に入れ!」
「イエス・サー!」
こうして、サンタマリア号がサンペドロス島の港に入ると一人の女が着岸した船に近づいてきた。
「あんた達もあの像が目当てで来たのかい!」
「君は?」
ジョニーは停泊した船から降りると女に尋ねた。
「あたしはサラ・ポー。この島で海女をしているんだ!あんた達、やめといた方がいいよ!あの像を目当てに来た船はみんな沈んじまうんだから!」
近くで見るとサラ・ポーは長い黒髪に黒い瞳が印象的な魅力的な女だった。
「俺はジョニー!この船の船長だ!この船は他の船とは違うさ!馬力が凄いんだ!必ず像を引き揚げてみせる!」
「なら、像を見せてやるよ!あたしに着いてきな!」
サラ・ポーは素潜りの口あてをくわえると海へ飛び込んだ。
「おいおい!マジかよ!待てよ!」
さっさと海中に消えてしまった彼女を追うようにジョニーもシャツ姿のまま海へ飛び込んだ。
ジョニーも泳ぎは得意な方だ。
海中へ潜るとサラ・ポーはこちらへおいでというように手招きをしてジョニーを誘導した。
サンペドロス島の海は言葉に尽くせぬ程に美しかった。
珊瑚に戯れる鮮やかな魚達の群れを掻き分けて二人は海の底へと潜っていった。
そして、暫く潜ると何本ものワイヤーが絡まった黄金の像が二人の前に現れた。
海面から差す太陽の光で輝くその黄金のイルカに乗った少年像は哀しげな瞳をして海底に沈んでいた。
ジョニーはその像の美しさに一目で魅了された。
やがて二人は息つぎの為に海面を目指して浮上した。
「見ただろう!あのワイヤーの数を!あの像を引き揚げようとした船のもんだよ!」
サラ・ポーは立ち泳ぎながら叫んだ。
「ああ!そうだな!だが俺達は違う!必ず引き揚げてみせるさ!」
「どの船の連中もそう言っていたよ!」
ジョニーはイルカに乗った少年像にも心を惹かれたが今海面で濡れた唇で話すサラ・ポーの声にも魅了をされていた。
二人は船が停泊している港まで泳ぐと海から上がった。
サラ・ポーは自らが捕ったアワビや貝類の入った小さな網を掴むと海女小屋へと向かって歩き出した。
「明日!必ず引き揚げてみせるさ!」
ジョニーは去り行くサラ・ポーの背中に向けて叫んだ。
その夜、ジョニーは島で唯一の野外酒場にやって来た。
するとそこにはバーカウンターで一人酒を飲むサラ・ポーと出逢った。
真っ白なシャツに海色の巻きスカートを履いているサラ・ポーはその豊かな黒髪を夜風になびかせとても美しかった。
「また、逢えたね!」
ジョニーはサラ・ポーの隣のカウンターに座ると美しいサラを見つめた。
「伝説を知っているだろう?あの像は呪われているんだ。事故でも起きないといいけどね」
「そう言えば伝説に出てくるオニキスの恋人の名もサラ・ポーだったね。君はあの像と何か関わりがあるのかい?」
ジョニーはオーダーしたバーボンが差し出されるとそれを一気にあおって尋ねた。
「伝説のサラ・ポーは私の先祖なんだ。何年も何年もオニキスを待ち続けたサラ・ポーはやがて諦めて島の男と結婚したんだよ。でも伝説を忘れないように女の子が産まれるとサラ・ポーと名づけるようになったのさ」
「そいつは凄いな!伝説のサラ・ポーの子孫に出逢えるなんてラッキーだよ!これならあの呪われた像も引き揚げられるかもしれないな」
「どうだかね……」
二人が喋っているとそこへギターを持った男が現れサラ・ポーを促した。
「海女だけでは食べていけないからね。あたしはここで伝説の歌を歌っているんだ」
「よ!サラ!待ってました!」
切なく哀しいギターのメロディーと共にサラ・ポーは歌い出した。
海の底に眠る少年にかけた。
呪いは解かれる事なく。
今も海で眠る。
ただの人形と。
人は笑うけど。
恋の願いなら。
たちまち叶える。
叶わぬ恋と知りつつ。
望みをかけた。
今日も海を流れる。
サラ・ポー、サラ・ポー、サラ・ポー。
サラの哀しげな声に男達は皆酔いしれ歌声は波音に響き切なさを増して聞こえた。
ジョニーはサラに恋をした。
歌が終わるとサラはもと居た席に戻ってきた。
「もう一杯頂戴」
「俺もおかわりだ!」
「引き揚げるのはやめた方がいいわよ」
「俺を心配してくれるのかい?」
「別に……」
サラは差し出された酒を一気にあおると席を立った。
「今夜、泊めてくれないか?」
ジョニーは去りかけたサラの腕を掴んで尋ねた。
「誰があんたなんかと」
真っ直ぐにサラを見つめるジョニーから視線を外してサラは答えた。
「君に惚れたんだ……」
「船乗りの言う台詞は皆同じね」
「君はオニキスを愛しているの?オニキスを愛したサラ・ポーもやがてオニキスを忘れて島の男と結ばれたんだろう?」
浜辺を歩き出したサラを追いかけるとジョニーは言った。
「君も誰か忘れられない人がいるんだね?」
「昔の話よ……。甘い言葉ばかり囁いて結局は帰って来なかったわ……」
「俺は違うよ……。サラ」
ジョニーはサラの正面に回り込むと彼女を強く抱き締めた。
「ちょっと!何するの!やめ……!」
ジョニーはサラの唇に激しいくちづけをした。
最初は頑なだったサラの体はやがてくちづけと共に力が抜けやがては自らもジョニーに答えるように彼の唇を貪り始めた。
激しく求め合う二人の姿をさざめく波だけが見つめていた。
翌日、サンタマリア号は少年像の引き揚げ準備をすると港から出て行った。
サラ・ポーは旅立つ船をじっと見つめていた。
サンタマリア号はイルカに乗った少年像がある海域に来るとそこで錨を降ろし停泊をした。
そして何人かのダイバー達が引き揚げの為のワイヤーロープを張りに海中へと潜っていった。
やがてダイバー達が準備を終え船に戻ると像の引き揚げが始まった。
一番太いワイヤーロープを巻き取る自動リールが動き出すと船は段々と像の方へ引き寄せられていく。
「船長!まずいよ!船が傾き始めた!」
「いいから!このまま引き揚げろ!」
しかし、ワイヤーロープは強く引っ張られたまま船体は更に傾き始め仕舞いにはロープを引く自動リール本体がちぎれて飛んでしまった。
「本体が吹っ飛ばされた!まずいぞ!沈没する!」
「うわぁああああー!」
船員達は我先に海へと飛び込んだ。
「畜生!」
ジョニーもバラストが折れる音を聞きながら海へと飛び込んだ。
サンタマリア号はこうして海中へと沈んでいった。
ジョニー達は何とか海岸まで泳ぐと陸へ上がった。
歩いて港まで戻るとそこにはサラが待っていた。
「ジョニー!大丈夫?怪我はない!」
「ああ!大丈夫だ!しかし船はやられた!君の言う通り全く駄目だった!畜生!全財産をかけた船だったのに!」
ジョニーは膝からくずれ落ちた。
「この島で暮らせばいいわ!漁師になるのよ!」
「漁師に?俺が?」
「そうよ!小さな船を買ってまたお金を貯めればいいじゃない!やり直すのよ!ジョニー!」
サラはジョニーを強く抱き締めた。
「君も手伝ってくれるか?」
「ええ!勿論よ!ジョニー!」
「サラ!愛している!」
ジョニーも強くサラを抱き締めた。
「あたしもよ!あなたを愛しているわ!」
「サラ!」
二人は抱き合い熱いくちづけを交わした。
ただの人形と。
人は笑うけど。
恋の願いなら。
たちまち叶える。
叶わぬ恋と知りつつ。
望みをかけた。
今日も海を流れる。
サラ・ポー、サラ・ポー、サラ・ポー。
今もイルカに乗った少年は海の底で眠る。
「完」