森の道程
街から南西に一時間程。
馬車は、少し遅めの車と同じぐらいのスピードで走っていた。
40㎞/h程度。
この世界では、馬車はスピードよりも積載量を求められる。だから、人間の足よりも少し早い程度で走るのが基本だ。
馬は二頭立てか四頭立てで2~3両を引っ張る。それに対し、私の馬型魔道具は一頭で二両を引いている。
つまり、二馬力。しかも、速度も航続距離も上。この利点があるからこそ、一両を自分達の居住区にし、二両目だけを荷馬車にしても損が大きくないと判断したのだ。
手紙が通信手段の殆どを占めるこの世界で、移動が早いと言うのはそれだけで強みだ。
普通の商人ならざらにある、情報の鮮度の低下を私達は比較的受けにくい。
他にも幾つか優位な点はあるが、これが特筆すべき優位点である。
☆ ☆ ☆
「早いな……。私が馬を飛ばして来るよりも早い馬車とは……」
これが普通の反応である。
そもそも、車や電車、飛行機の移動に慣れきってしまった地球人の私たちにとって、この世界は動きがあまりにも遅すぎる。
宣戦布告をして、半年後に開戦とかもう意味がわからない。
ゲリラ戦って言葉を知らないのだろうか?
「お母さん、恐い……」
私に抱きついてくるメラ。
確かに、いきなりこんなスピードで走り出したら怯えるか。
「ごめんね。でも、困ってる人たちが居るらしいの。お母さんが側に居るから大丈夫よ」
「シキ……、流石に私も恐いのだが……」
「ミリアはもう大人でしょ。我慢して」
「私にだけ厳しくないか?」
厳しくない。だいの大人がたったの40㎞/h程度で恐がってどうする。新幹線はこの十倍近く出せるぞ。
まあ、こんな見渡しの良い道で事故を起こすことは殆どない。
精々、私達を止めようと道に出てきた山賊がミンチになる程度だろう。
この世界で人の命は紙よりも軽い。
いや、正確に言えば貴族以外は『人』ではない。放っておけば増える動物のようなものだ。だから、命も軽いし貴族に害をなす山賊たちの扱いは酷い。
まあ、私もメラが最優先だからそれ以外の人の命なら天秤にかける前に捨てられる。
非情に感じるかもしれないが、人間なんてそんなものだ。
人助けはあくまで利益のため。
それを勘定せずに助けられるとしたら家族同士ぐらいしかあり得ない。だからこそ、自分も家族のために他の優先度の低いものを捨てられる。
「シキ、怖い顔をしているぞ」
ミリアが私に注意をしてくる。
「お母さんたまに怖い顔する」
メラにまで言われてしまった。
「そんなに怖いかしら?」
「ドラゴンが尻尾を巻いて逃げ出しそうな顔をしてたぞ」
「怒った兵士さんより怖い顔してた」
そこまでか。
「シキは元々目付きが鋭いし身長も高いからな。しかもスタイル良い……」
そんな雑談以外に暇を紛らわせる方法はない。
本は思いから最低限の実用書しか持っていない。
この日は、夕方までずっと走り続けた。だいたい半分行ったらしい。
☆ ☆ ☆
夜のなか、響き渡る虫の声に耳を傾ける。
ジー、ジー、となにかが震えるような音だ。
「シキは何でもできるんだな。料理も旨いぞ」
今日の料理は本格的だ。
町でパスタと野菜と肉を買えた。
挽き肉と野菜のみじん切りを炒め、トマトで煮込む。
パスタを茹でて、トマトソースをあえる。
ここで、ナポリタンにするわけではなくても、一度麺をフライパンで少し炒めるのがコツだ。端っこの焦げにソースが絡み、美味しくなる。
チーズを削り、完成だ。
私が仕事をしていたときに、週末にソースを作り、それを一週間で使いきるようなメニューにしていた。
パスタ以外にも、ハンバーグやオムライス、他のイタリアンな料理によく合う。
今回は三人だから、大きめの鍋にたっぷり作った。冷蔵庫がないから、早めに食べないと。
それにしても、夜空がきれいだ。
産業革命前は、こんな空が地球でも見れたのだろうか?
遥まで続く天の川に願いを込めた昔の人々を想う。
もしかしたら、あの星々のどこかに地球があるのかもしれない。
帰りたい訳じゃない。でも、ついつい考えてしまう。
私と共に召喚された四人の少年少女と一人の男性。
彼らは、どんな気持ちで空を見上げるのだろう?
「お母さん、だっこ!」
足にメラが抱きつく。
「はいはい。手をあげて」
七歳にしてはあまりにも軽い体と細い腰。
私と出会ったときとは見違えるほどになったが、それでも平均より小さい。
メラは、どんな星空を見てきて、どんな星空を見ていくのだろうか?
私にはわからない。
星空を見て美しいと感じた人の気持ちも、寂しいと感じた人の気持ちも。
共感能力が欠けている。それは、昔から思っていたことだ。
大切なもののために他を平然と切り捨てられる。
それは、人間として間違っている。自分でも理解している。
いくらメラの母親になったって、いくら人と関わったって。
私は、人の気持ちをわからない怪物のようなものなのだろうか?
その日の夜は、とても長く感じた。
次回から、王国の勇者たちの話を少し進めます。