朝
朝日が顔に当たり、その不快感に目を開ける。
「朝ね」
隣で私に抱き付いて眠っているメラと、逆側の隣で寝ているミリアを起こす。
「ほらほら、もう朝よ。起きなさい」
ミリアは朝に強い。起こせばすぐに起きる。だが、メラは相変わらず朝に弱い。急に怯えて目を覚ますことは無くなったが、私に抱きついたまま眠って、なかなか起きない。私はメラをどうにかしないと動けない。
「おはようお姉様。メラは私が抱えておくから、朝御飯の用意をしてくれないか?」
「ええ、ありがとう。メラも私以外に頼る事の出来る人が出来て安心したわ」
ミリアにメラをまかせ、私はキッチンへ。
エルフの里では猪を煮込んだ出汁を使って料理をすることが多い。イメージとしては沖縄に近いのだろうか。
メニューは昨日の夜に作った角煮と少量ながら手に入った米。
それにサラダや卵焼きを作って彩りを加える。
前の世界では料理にそこまでこだわって居なかった。両親には言われたものを作っていただけだし、自分一人のときは手軽に作れる料理で過ごしていた。数日間食べないなんてこともあった。
しかし、メラと暮らすようになって私は料理の彩りを気にし始めた。他にもバランスや味も。
それに今はミリアまでいる。下手な料理を出す気にはならない。
「うにゅ、おはよ」
卵焼きを巻いている私の足にメラがくっつく。
「ああ、あぶない。おはよう、メラ。でも、料理してるときにぶつかったら危ないでしょ?」
「うん……」
だめだ、まだ半分眠っている。
ミリアに目配せをしてメラを椅子に座らせてもらう。
「お姉様、大変だな。手伝うことはあるか?」
「ならそこにあるお皿を配膳して欲しいわ」
ミリアが出来上がったお皿をどんどん並べていく。
私もお茶や残りの料理を温めて、テーブルに並べる。
「ほらメラ、ご飯よ。そろそろ起きなさい」
「にゅぅ、おはよ、お母さん、ミリアねぇ」
「ええ、おはよう」
「おはよう、メラ。眠りながら食べて溢すんじゃないぞ」
メラはいつも通り半分眠りながら食べている。結構器用だ。
「ああ、ほら!溢すなって言っただろう」
ミリアのお姉さんっぷりも板に付いてきた。口の端から垂れてくる角煮の煮汁を丁寧に拭いている。
「な、なんだ、お姉様……。じっと見られると恥ずかしいのだが……」
「ふふ、ミリアが本当にメラのお姉さんみたいだなって」
「そ、それじゃあ私はお姉様の娘になってしまうじゃないか」
「あら、それでも良いわよ」
『~っ』と顔を赤くさせるミリアを眺める。
メラが私の膝に乗ってくる。朝食はもう食べ終わったらしい。眠りながらなのに私達の中で一番に食べ終わったようだ。
「ほら、ミリアも早く食べましょう」
私達も完食する。
「さて、メラ。そろそろ出発の用意をするわよ」
とは言っても、荷物とかは昨日のうちに纏めてあるしやることは殆んど無いが。
私がやるべきことはあと一つだけだ。
「ミリア、貴女はどうするの?」
この里に残るかそれとも私たちと旅に出るか。
「お姉様、私は……」
まだ迷っているらしいミリアの方を見る。
これは彼女の決断だ。私が口を出せるものではない。
「私は、お姉様に着いていきたいと思っている!」
『だが、馬車とかを持っていないから用意してくれるか?』と笑うミリアに私は答える。
「いらっしゃい、ミリア。貴女も私達の家族よ」
☆ ☆ ☆
私達の商隊。
馬車は魔王ちゃんが来る予定だから増やすので六台。護衛は十体の鎧(残りはエルフの里に残す)。この世界では小さめだが、十分に商隊と言うに相応しい。
馬車自体を改造し、積載量と居住空間を増やしているから十台の馬車と同程度の量の荷物を運搬できる。
サスペンションや操作系、駆動系を改造し、揺れは殆んどない。メラのために改造したから、飴細工すら壊さずに運べる程度まで揺れない。
スピードも最高速度は普通の馬車の数倍だ。馬型魔道具二頭立ての馬車が四台、四頭立ての馬車が二台。さらに二台の護衛用馬車。外部には硬化と防御の魔法が掛かっているからまず突破されることはない。
「さて、メラも荷物を持ってきて。あら、ミリアはボーっとしてどうしたの?」
「お、お姉様、この馬車は?」
「用意をしていたの」
「四頭立てなんて中々見かけないのですが……」
「最高速度は普通の馬車の数倍よ。例えドラゴンが追いかけてきても蒔けるわ」
ドラゴンの種類の一つに地竜が居る。馬を軽々と追い越す速度と狂暴性をもった魔物の一種だ。
それを撒けるように早く走れるように改造した。さらに、その状態で物に衝突したときにも耐えられるように強度もこれ以上無いほどあげている。
護衛用馬車には直径十センチの木の杭を打ち込めるバリスタを設置している。たかが木でも、ある程度のスピードで魔導具による補助を受ければ城壁の一枚や二枚は貫ける。
攻守速どれも少しぐらい異常な程度で丁度良い。私にはメラとミリアが居る。二人を守るためには力が必要だ。
必要であれば私は悪鬼や羅刹になってでも家族を守る。
私が貰えなかった愛と言うものを、メラたちには与えたい。
三人分の荷物を積み込む。鎧は馬車の御者として8体、バリスタの発射台に2体配置している。編成としては、二台の四頭立て馬車を中心に前後に四台の二頭立て馬車、左右に護衛用馬車を配置する。
「な、なぁ、お姉様。これって私達しか乗らないんだよな?」
「このあともう一人乗る予定だけど、広い方が良いでしょ?」
「私達が来たときの馬車よりも大きくなっているんだが……」
「数も増えたわね。見た目が大きければ相手も萎縮して無駄な戦闘を防げるわ」
「だが、さすがに限度が……。まあ良いか」
メラとミリアは荷物が運び終ったらしい。馬車の中で座っている。
私も荷物……と言っても貴重品と最低限の化粧品しかないが、それを小さなバッグに入れて持つ。
「それじゃあ、出発しましょう。忘れ物は無いわね?」
「大丈夫!」
「ああ、問題ない。出発してくれ」
鎧が馭者台に座る。馬ではなく馬型魔道具であるから馭者は本当は要らないのだが。
走り出した馬車の窓からミリアが手を振っている。メラもそれを真似て手を振っている。
旅は道連れ。新しい家族を連れた馬車は軽快に森の中を走る。
「次はどこに行こうかしら?」
「海に行きたーい!」
「そうだな、私も海を見てみたい」
なら海に行こう。
とりあえず隣の街へ。そこで一番近くの海の街を確認し、出発する。途中で多分カーミラが魔王を預けに来るだろう。どこで落ち合うかの約束ぐらいしておけばよかった。
そして、森を抜けると。
そこには砂浜が広がっていた。
「あら?」
予想外の現象だ。
「海~!」
「海のある方に行ってはいけないと言われていたからな」
ミリアの反応を見るに、知っていたらしい。
「ねぇ、メラ。貴女はすぐ近くに海があるのを知っていたの?」
「臭いがした!」
犬だろうか?そのうちパジャマのフードに犬耳や猫耳を縫い付けてみよう。
砂の上は馬車が走りにくい。森と砂浜の境を横に走る。
岩場や崖を挟みながらどんどんと進む。
「お母さん、あっちに人がいるよ!」
ブレーキ。
言われた方向を見ると、確かに人が二人居る。
背の高い長髪の女性が一人、子供が一人だ。
「ちょっと話をしてみるわ」
十中八九、カーミラと魔王だ。