愛しい想いと体の関係 2
樫原が佐山に報告した〝亀山道子〟のことは、本当のことだった。
付き合うようになったのは、ほんの昨日のこと。それを彼女本人が吹聴しているとは、遼太郎は夢にも思わなかったが。
もともと女の子とはあまり関わりを持たない遼太郎にとって、道子はとりあえず顔を知っているだけのゼミの先輩だった。もちろん、言葉を交わしたこともない。
そんな状況なのは佐山も樫原も当然知っていたわけだから、〝付き合う〟という現実は到底信じられなかったわけだ。
けれども、遼太郎が道子のことが気にかかったのは、ずいぶん前のことだ。
遼太郎は大学まで自転車で通っている。2年生になったころから近道を覚え、そこを通るようになった。それは、人通りの少ない裏通り――。
夏になった頃、そこを男と歩く道子とすれ違った。思い返せば、それまでも出会っていたのかもしれないが、ようやく遼太郎が道子の顔を覚えた頃だった。
それから、たびたびそこで道子を見かけるようになる。
何度目かの遭遇の後、遼太郎はあることに気が付いた。見かけるたびに、道子が連れている男が違うということを。
そして、ある日、とうとう決定的な場面を目撃する。それは、道子がやはり違う男と連れ立って、うらぶれたラブホテルに入って行くところだった――。
それで遼太郎は、道子が不特定な男たちと関係を持っていると、すべてを覚ってしまった。
事実を知ってしまっても、知らないふりをすることはできた。けれども、その後、また違う男とホテルから出てくるところを見かけて、見るに見かねてしまった。
折しも、ゼミ室で道子と二人きりになる機会があった。佐山など他の男だったら「クワバラ」とばかりに退散するシチュエーションだが、遼太郎は道子と向き直った。
「あんなこと、やめた方がいいと思います」
“あんなこと”を目撃されていたことを、道子自身も気が付いていたのだろう。道子は焦る様子もなく、ぷっくりとしたまぶたに挟まれた細い瞳で、遼太郎を見つめ返した。
「私がどこで何しようが、君にとやかく言われることじゃない。」
初めて聞くその声も、けっこうドスが効いている。
確かに道子の言う通りだが、遼太郎も思い切って言い出した以上、何とか道子にその行為の不道徳さを解ってほしかった。
「…どうして、あんなことするんですか?」
「どうしてって…。そりゃ、気持ちいいからよ。」
「………ぇ!?」
臆面もないあからさまな道子の言い様に、遼太郎は言葉を詰まらせて赤面した。それでも、気を取り直して、正論を道子にぶつける。
「でも、…それは、彼氏とするものであって、不特定の人とするものじゃないと思います。」
後輩のくせに、しかも初めて言葉を交わしているような間柄で、説教がましいことを言い出した遼太郎を、道子は不愉快そうに睨みつけた。
「なによ、あんた。私の彼氏でもないくせに。私のことなんて、どうでもいいでしょう?」
「…どうでもいいんなら、初めからこんなこと言いません。」
どんな形であれ知っている人間が、〝あんなこと〟をしているなんて、見て見ぬふりなんてできない。遼太郎は、そう思っていた。
しかし、遼太郎のその一言に、道子の気色が変わる。じろじろと遼太郎の姿を上から下まで、眺め回してから口を開いた。
「それじゃ、君が彼氏になってよ。そうしたら、あんなことやめるから。」
「…………え!?それは……。」
いきなり話がそういう展開になって、遼太郎は目を剥いてたじろいだ。
ここで道子の彼氏になってしまったら、話の成り行き上、必然的に体の関係を約束するようなものだ。
「…ほら、見なさい。『どうせ私なんか』の彼氏になりたいなんて、誰も思っちゃいないんだから。知らない人にでも、慰めてもらうしかないでしょ。」
自虐的で、全てを諦めてしまったような道子の言葉…。
でも、遼太郎は、それは〝違う〟と思った。
彼氏になったからと言って、必ずしも体の関係を持たなくてはならないわけじゃない。寂しいからと言って、どうでもいい男に抱かれて癒されるものじゃない。
「………分りました。亀山先輩の彼氏になります。」
「…えっ?!」
これには、道子も想定外だったらしく、その細い目を若干大きくして遼太郎を凝視する。
「その代り。『彼氏』がいるんだから、もうあんなことは絶対にやめてください。」
道子の視線が、戸惑うように遼太郎の優しげな表情の上を漂い、道子はしおらしく頷いた。
「……うん。わかった……。」




