愛しい想いと体の関係 1
季節は移ろい…、紅葉に彩られたキャンパスに、晩秋の朝の肌寒い風が吹き渡る。
一般教養の語学の講義が行われるこの教室は、紅葉した木々の葉を通した柔らかい日射しが射し込み、ちょっと詩的な風景に出会える場所だ。佐山はそこの窓辺の席を陣取り、その秋の朝の気色を眺めていた。
…と、そこへ、樫原が顔色を変えて飛び込んでくる。そして、教室中を見渡し佐山の姿を捜し当てると、一目散に駆け寄ってきた。
「晋ちゃん!僕、すっごいこと聞いちゃった!!」
その一言に思索を遮られた佐山は、怪訝そうな顔をして、綺麗な景色から目を移し樫原を一瞥した。
「お前はいつもそうやって、何でも大騒ぎしたがるからなぁ。」
それを聞いて、樫原も不愉快そうな顔になる。
「…あ。じゃ、いいよ。晋ちゃんには教えてあげない。」
樫原はそのまま佐山の隣へと座ったが、へそを曲げたのか、何も言い出そうとしない。すると、佐山の方も、何の話題だったのか気になってくる…。樫原の耳に口を寄せて、こう囁いた。
「はたしてお前は、何も言わないで我慢できるかな…?ほら、今だって、俺にそれが言いたくてウズウズしているはずだ…。」
樫原はしばらく素知らぬ顔をしていたが、その鼻がピクピクと反応してくる。
「ああ!もう!!……さっき、小耳に挟んだんだけどね」
と、結局は根負けして、樫原はその話をヒソヒソと佐山に話し始める。
「あのね、狩野くんなんだけど」
「うん、遼太郎が?」
「………同じゼミの、亀山道子。彼女と付き合ってるんだって…!!」
樫原の言ってることがイマイチ理解しがたくて、佐山は眼鏡の向こうの涼しげな眼を数回瞬かせた。
いや、樫原の言っていることは極めて単純明快なのだが、佐山が理解できなかったのは、遼太郎が新しい彼女を作ったその思考だ。……しかも……。
「亀山道子だって…?そりゃないよ。何かの間違いなんじゃないか?」
佐山は失笑して、また樫原の早とちりだと思い込もうとした。
「間違いなんかじゃないよ。さっきゼミ室で彼女本人が言ってたから」
樫原の真剣な口調に、とうとう佐山はそれを信じざるを得なくなる。
「茂森さんの次がアレかよ?……ギャップありすぎだろ……。」
佐山がそれを信じたくない理由は、遼太郎の相手が、その亀山道子という女だからだ。
2年生の春から遼太郎と佐山と樫原はそろって、「環境社会学」が専門の久留島教官のゼミに入った。
亀山道子というのは、その久留島ゼミの3年生なのだが…。
〝美人〟とまでいかないにしても、〝可愛いらしい〟など、誰がどう見ても肯定的な形容をし難い容姿。小柄な体には、余分な肉も付いている。
…ま、見た目がマズくても気立てが良ければ…と、気を取り直すこともできるが、「どうせ私なんか…」が口癖の彼女は、性格も卑屈でねじ曲がっている。その卑屈さが表情にも表れて、目つきも悪く、男子学生はおろか女子学生からも敬遠されていた。
「おはよう。席取っててくれて、助かったよ」
その時、渦中の遼太郎が、少し息を上げながら何食わぬ顔で、佐山の横に滑り込むように座る。
「…りょ、遼太郎!ちょ、ちょ、ちょっと。確かめたいことがある!!」
朝の挨拶も忘れて、佐山は血相を変えて遼太郎を問いただそうとしたのだが、すぐに英語の教官が教壇に現れた。
「…何?」
遼太郎は眉をひそめながら、佐山に囁きかける。
「込み入った話だから、後からだ」
しかし、佐山はそう返し、その場でその話はそれきりになった。




