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Rhapsody in Love 〜幸せの在処〜  作者: 皆実 景葉
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弟 5




 自由になった手を膝について、息が整うのもままならず、みのりは俊次を見上げて尋ねる。



「どうしたの?いきなり…」



 その問いに、俊次の方が意外な顔を見せた。



「みのりちゃんの方が俺を探してたんだろ?それで、廊下を歩いてるの見かけて…。みのりちゃん、アイツ…伊納先生のこと迷惑そうだったし…。」


「……『みのりちゃん』…?」



 俊次が自分のことをそう呼ぶのを、みのりが気に留めると、俊次はもっとむすっとした表情になる。



「だって、俺。みのりちゃんの名字知らねーもん。」



 あっけらかんとしたその答えに、みのりもおかしそうに息をもらした。



「名字は『仲松』っていうのよ。」


「ふうん。で、仲松みのりちゃんが俺に何の用?」



 いきなり本題を持ち出されて、みのりはグッと息を呑み込み、言葉を選んだ。慎重に説得しないと、『マジでウザい』と思われては元も子もない。

 でも、こんなふうに話をする体制になっているのに、何でもない世間話をするのも不自然だ。



「……俊次くんは、あれから部活のこと何か考えた?」



 俊次は表情の中に不穏なものを漂わせて、みのりのことを見つめ返した。



「また、その話かよ。高校じゃ、部活はしねーって言ってたの忘れたの?ようやく勧誘もされなくなってきて、せいせいしてるってのに。」



 想定通りの答えが返ってきて、みのりの表情も渋くなる。この手ごわい壁を突き崩さないと、説得は難しいだろう。



「部活しなくて、何か他にしたいことはあるの?」


「何か他に…?」



「例えば、部活にない他のスポーツをするとか、小説書いたり漫画を描いたり…創作活動に励むとか、それじゃなかったら、ボランティア活動の当てがあるとか…」



 みのりから色々な例を持ち出されて、俊次の目に戸惑いが過った。



「…いや、別に何もしたいことはない…。」



と、極まり悪そうに自分の本心を答えるしかない。



「それじゃ、毎日学校から帰って…勉強するのね?」


「ええっ!!?勉強ぉ?」



 『勉強』という一言に、俊次は過剰な反応を見せ、声を裏返らせた。焦り始めた俊次に引き替え、みのりは冷静なものだ。



「なあに?勉強に専念するんじゃないの?」


「だって、この前まで受験勉強を死ぬような思いでやって、やっとこの高校に入ったんだぜ?」


「芳野高校はバリバリの進学校だって知ってるでしょう?部活も何もしないのなら、勉強しなきゃ。この学校に来た意味ないじゃない。」



 俊次は目を白黒させて、絶句する。かつて遼太郎が言っていた『あいつは勉強が嫌い』というのは、本当のようだ。


 少し黙り込んで考えた後に、俊次が口を開く。



「……じゃあ、一番楽な部活…何だよ?」


「楽な部活…って。そうだ。筝曲部に入る?練習は毎日あるけど、そんなに長時間は活動しないし、体も楽なはずよ。」




 俊次の思考が方向転換したことに、みのりは心の中で『よし!』と拳を握り、敢えて初めからラグビー部は出さないで説得を続ける。



「…そうきょくぶ…って?」


「筝って、楽器の琴のことよ。女の子ばかりだけど、男の子が入部しても変じゃないし。」


「はあ?!…琴だって!?」


「筝曲部はダメ?」


「だって、俺が琴を弾いてるとこなんて想像できる?!…やっぱ、俺を活かせるのはスポーツだと思うし…。」



 そうつぶやく俊次は、しっかりと自分の特性を把握しているようだ。



「そっか、それは残念…。じゃ、何がいいかな?中学校では何をやってたの?」


「…中学校じゃ、野球をやってたけど…。俺、もうあんな感じでシゴかれるのはイヤだ。」



 俊次のその言葉で、みのりはだいたいを察して頷いた。


 俊次が部活動をためらうのは、この中学時代の辛い経験に由来するのだろう。高校だともっと本格的になる分、もっとひどくなると思い込んでいるのかもしれない。


 けれども、どの部もほしがる俊次のこの体躯が作り上げられたのも、俊次の言う〝シゴキ〟の賜物に他ならない。



「コーチから言われたことを嫌々やってるようじゃ、それは『シゴかれる』ことになるだろうね。でも、それは強くなるために必要なことだから、コーチも要求してるわけだし、自分から『強くなりたい』ってモチベーションを持てば、練習の辛さも変わってくるよ。」




 みのりがそう語る間、俊次はズボンのポケットに両手を入れ、みのりから視線を逸らして俯いていたが、耳はしっかりと傾けてくれていた。



「……そうかもしれないけど……。俺、強くなれる自信がない……。」



 俊次がポツリと言ったその一言を聞いて、みのりは俊次の心の中の葛藤に気づく。


 入学したと同時、いや合格直後から、色んな部活動の顧問や先輩から怒涛の勧誘を受け、俊次は逆に物怖じしてしまったのだ。期待が大きすぎる分、期待に応えられなくて失望されることを恐れて…。



「最終的には俊次くんが決めることだけど、今みたいに逃げ回ってても何も変われないし、何も自分に残してあげられない。練習はきついかもしれないけど、それを乗り越えられた時に少しずつ自分の中に何かが積み重なっていって、たとえ周りの人が期待するような結果が出なくても、俊次くんの中には大事なものが残されていくと思うよ。」



 みのりは心を込めて、俊次に言葉を投げかけた。

 かつて遼太郎を励まし、勇気付けたように、俊次の力になりたいと思った。そして、こうやって俊次と関われると、その向こうにいる遼太郎ともつながっていられるような気がした。



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