弟 3
新年度になると新しい職員も入ってきて、3月のしっくりとなじんだ職員室から一変する。雰囲気も様変わりし、落ち着かなげにざわめいている。
特に強烈なキャラクターがいたら、なおさらだ。
こういう人間は、周りに醸し出す雰囲気のようなものがあって、自分を新しい環境に溶け込ませようとはしない。
「仲松先生!」
と、声をかけてきたこの伊納という数学教師もそういう人間だった。
みのりより2つ年上のこの伊納は、いつもパリッとした三つ揃えのスーツを着て、髪もきちんとセットをし、細部まで身だしなみには気を遣っている。
古庄ほどではないが容姿も整っており、この伊納から発せられる『どうだ!俺はイケメンだぜ!』というオーラと身のこなし、何と言ってもオトナのオトコの魅力に、多くの女子生徒たちは一目で瞬殺された。
けれども、みのりが相手ではそうはいかない。
近づいてきた伊納の黒いスーツに黒っぽいネクタイ、光沢のある黄金色のワイシャツとそれに合わせたポケットチーフ…。そんな姿を見て、みのりは呆気にとられた。
――…なに?この人!?……踏切みたい…!
黒と黄色のコントラストは、みのりに踏切の警報器を連想させ、到底その目に〝カッコいい〟とは映らなかった。
それに、いくらオシャレに気を遣っているとはいえ、伊納のこの姿は、まるで夜の街で活躍するホストのようで〝教師〟ではない。
名前を呼ばれたので、みのりも立ち止まって伊納に目を合わせた。すると、伊納はまるで恋人のようにみのりに近づき、その耳に向かって囁きかける。
「今度、一緒に食事に行こうよ。」
転任してきた伊納は1年部に配属されていて、3年部のみのりとはほとんど接点がないにもかかわらず、着任早々から顔を合わせれば、こうやって誘いをかけてくる。
まだ出会ったばかりで打ち解けてもいないのに、いきなりこんなふうに誘うなんて、みのりの感覚では人格を疑ってしまう。でも、逆に出会ったばかりなので、邪険にして人間関係を壊したくもない。
「ええ、また。少し落ち着いたら…。」
みのりは肩をすくめながら、苦く微笑んだ。今はこうやって、やんわりと躱しておくしかない。
「少し落ち着くっていつ頃かな?3年部って、落ち着くときあるの?」
それでも、伊納はみのりと関わりを持って打ち解けたいと思っているのか、しつこく食い下がってくる。
――ああ、もう…!マジでウザいんだけど!!
みのりは、先ほど俊次が言っていたのと同じセリフを心の中でつぶやき、舌打ちした。
女性なら誰でも自分に気がある…とばかりの伊納の態度には、本当にうんざりくる。
その時、二人で話をしている目の前を、ちょうどいいことに古庄が通り過ぎていく。
「あっ!古庄先生。」
伊納から逃れるために、思わずみのりは声をかけた。
「なに?仲松ねえさん。」
オシャレなどに気を遣わなくても常にカッコいい、ナチュラルなイケメン古庄は、いつも通り爽やかな笑顔と共に振り返る。
すると、効果覿面。古庄と並ぶと自分は見劣りすると思ったのか、伊納はあっという間に姿を消した。
――お、これは使える…!
今度から伊納がしつこい時には、古庄をダシに使うことにしようと、みのりはほくそ笑んだ。




