弟 2
「そう!狩野さんの弟のくせに、ラグビー部に入らないって言ってるんだよ?みのりちゃん!」
愛が横から口を出すと、俊次は再び眉間に皺を寄せた。
「兄ちゃんがラグビー部だったのは関係ないだろ?それでなくても、ラグビー部だけじゃなくて、他の部活からもめっちゃ勧誘されてて、マジでウザいんだけど」
「マジでウザい…って…。」
みのりは思わず俊次の言葉を反復して、その大きな体を改めて見上げる。
「ラグビー部だけじゃないんだぜ?野球部に柔道部にサッカー部…他にもあったけど、忘れた。」
確かに、まだ1年生というのに、スポーツで作り上げたと思われるこの肉体は、本当に立派なものだった。どの部も獲得したいと、勧誘に躍起になるのは頷ける。
「えっ…!!ホントなの?ダメよ!他の部に入っちゃ!!君はラグビー部に入らなくっちゃ!」
現にここにいる愛は、俊次を入部させようと、もう必死だ。
「他の部も何も。俺はもう高校では部活やらねーから。ましてやラグビー部なんて。あんな泥まみれになって、痛くてキツくて、男に抱きつくスポーツなんて、ゴメンだね。どうせやるなら、もっと女にモテそうな部にするし。」
遼太郎の弟とは思えないようなこの言葉に、みのりは呆気にとられて絶句する。
「男に抱きつく…って、タックルのこと言ってんの?!バカじゃない?」
愛もラグビーを侮辱されたので、頭に来たのだろう。勧誘していることは忘れて、俊次に言い返す。
「それでなくても、ホモ率高そうだもんな。あんなゴリい男じゃなく、先生みたいな人に抱きつける部活なら、すぐにでも入ってやるけど。」
「なっ、なっ…!アンタ、なに失礼なこと言ってんのよ…っ!!」
愛はますます怒りをあらわにして、その顔を真っ赤にさせた。
みのりは俊次からウインクを投げかけられたが、あまりの思いがけない衝撃に、何も言葉にならなかった。
「心配すんな!間違っても、お前には抱きつかねーから」
「お前って…私のこと?!年上に向かって、なんて口きいてんの!!」
愛の怒りが頂点に達したところで、俊次はクワバラとばかりに、肩をすくめてその場を逃げ出した。
愛は自分の怒りをなだめるのが精いっぱいで、もう追いかけることはできなかった。
「なかなか手ごわそうだね…。」
廊下を曲がって見えなくなった俊次の方に目をやって、みのりがため息を吐いた。
「手ごわい…っていうか!私、勧誘するどころかケンカしちゃった!」
情けない顔をして、愛が頭を抱える。そんな仕草が何とも可愛らしくて、みのりは自然と朗らかに微笑んだ。
「みのりちゃん。笑い事じゃないんだってば!江口先生からも、狩野さんの弟は絶対入部させろって言われてるし。何よりも、あれだけの逸材は逃がしたくないし。」
確かに、愛の言う通りだ。今の俊次は、愛の兄である二俣にも引けを取らない。あれだけの体格を、これからもっと鍛え上げれば、チームにとっては救世主のような存在になるだろう。
「可愛い愛ちゃんが勧誘したら、男の子なら誰だって入部しそうだけどね。」
みのりは本心からそう言ったつもりだったが、愛はみのりが冗談を言っていると思ったらしい。『可愛い』と言われて照れるわけでもなく、真面目な顔でみのりに向き直った。
「そんなんで入部してくれるんなら、もうとっくに入ってくれてるよ。…そうだ!みのりちゃんからも頼んでみてよ。」
「ええっ!?…私が?」
思いがけず、重責を背負わされてしまいそうな雲行きになり、みのりは及び腰になる。
「そうだよ。さっき、みのりちゃんのこと気に入ってたっぽいし。何とか説得してみてよ。」
「私なんかより、江口先生が直接説得した方が効果的だと思うけど…。」
「もちろん江口先生も説得してるけど、ホントに手ごわいんだってば。だから、みのりちゃんも!お願い!!」
本当に手詰まりなのか、愛の必死な態度に、みのりも頷かざるを得なかった。
けれども、遼太郎の弟と関わりを持つことには、怖さもある。
俊次を見るたびに、その中にある遼太郎の面影を探すだろう。そして、その度に切ない心の疼きに耐えなければならないだろう。
せっかく平穏になりつつある自分の心の状態が、壊れてしまうのではないかと、みのりは少し怖かった。
それでも、かつて遼太郎の成長を見守っていたように、俊次の成長の助けになりたい。
それが、もう会うこともないけれども、遼太郎の喜びにもつながる――。
そう思うと、俊次にはやはりラグビー部に入ってもらいたいと、みのりも心から思った。




