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Rhapsody in Love 〜幸せの在処〜  作者: 皆実 景葉
遊園地 Ⅰ
9/199

遊園地 2



 遼太郎が唇を噛んだまま、黙ってしまったので、みのりも運転を邪魔しないように口をつぐんだ。



 そうしている間にも、車は例の「シルクロード」の前を通り過ぎる。遼太郎はそれを横目に少し意識しながら、車を走らせ、高速道路の入り口に差し掛かった。



「狩野くん。もしかして、初めて高速道路を走るの?緊張するね…。」



 そう話しかけたみのりの方が、遼太郎よりも緊張感たっぷりだ。



「いや、路上教習で走ったことありますし、信号ないし歩行者もいないから、逆に走りやすいです。」



 ETCで戸惑うこともなく、遼太郎は事もなげにそう言った。



「あ、そうなんだ…。」



 未だに高速道路を走る時には緊張してしまうみのりにとって、遼太郎はとてつもなく頼もしく思えた。それでも、やはり遼太郎に運転に集中してもらいたいのと、自分の感覚が先立って、みのりは無意識の内に無口になった。



 しばらく高速道路を走った頃、遼太郎の方から口を開く。



「先生…。どうして俺のこと、『遼ちゃん』って呼ばないんですか?」



 いきなりそう切り出されて、みのりの思考は固まった。



「…えっ!?」


「だって、今日は『狩野くん』に戻ってるし…。」



 実を言うと、みのり自身、そのことを自覚していた。この前はそう呼べたのに、今日は変に意識してしまって、呼べなくなってしまっていた。


 この前の別れ際、キスを期待していたのに、してもらえなかったことも影響している。あんな〝がっかり〟を、また味わうのはごめんだった。



「…そ、それは…、何でだろう…?」



 きちんとした理由は、自分でも解らない。それをみのりは正直に言葉にした。



「もし…、俺が変なこと言ったからだったら、気にしないでください。」


「変なこと?」



「…その、キスしたくなるとか…。」



 少し戸惑いながら発せられた遼太郎の言葉に、みのりの心臓は跳び上がり、その中身を言い当てられたように感じた。


 けれども、みのりはそれを素直に認めたくはない。遼太郎よりもずいぶん年上の大人の女性として、たかがキスぐらいで動揺するわけにはいかなかった。



「別に、それを気にしてるわけじゃないんだけど…。そう呼ばれるの、嫌なんじゃないかと思って…。呼ぶたびに、ピクッて、動きが止まるでしょう?」



 今度は、遼太郎の方がみのりの観察眼に、息を呑んだ。でもそれは、それだけみのりが自分の些細なことをも、ちゃんと見つめてくれているという証拠でもある。確かに、自分はみのりにそう呼ばれるたびに、思考も体も凝固していた。



「全然嫌じゃないから、そう呼んでください。」



 ハンドルを握って前を見据えながら、遼太郎はしっかりした口調で言った。



「嫌か、じゃなくて、そう呼んでほしい…?」



 改めて、みのりからそう訊かれて、遼太郎はその真意を考えた。



 もちろん、みのりにはそんなふうに呼んでほしい。そう呼んでくれるということは、みのりにとって特別になったということに他ならない。みのりの可憐な唇から、そう優しく呼んでくれるのを、意味もなく何度でも聞いていたいくらいだ。



「……はい。呼んでほしいです。」



 遼太郎は視線を前方から、一瞬みのりの方へと移した。それが、遼太郎の気持ちを確認したかったみのりの視線と絡み合う。

 チラリと視線をくれただけなのに、その真剣さにみのりの心臓はドキン!と射抜かれた。



「…わ、分かった…。じゃ、…じゃあ、『遼ちゃん』。」



 たどたどしくみのりの口から発せられたその呼び方に、遼太郎は思わず吹き出した。



「先生。今の言い方、まるで『 』(かっこ)が付いてたみたいでしたね。」



 笑われて、みのりは口を手で押さえて赤面した。「遼ちゃん」となかなか呼べなかったのは、照れくささもあったからだ。



「…そ、それじゃあ。…り、りょ、遼ちゃん…だって、私のことをずっと『先生』って呼ぶつもりなの?」



 そう切り返されて、遼太郎は目を丸くした。みのりに指摘されるまで、そのことに関して考えたこともない事柄だった。

 思わず遼太郎は、前を注視し、運転に専念するふりをして考えた。



 確かに、みのりに生徒扱いされたくないと思っているのに、自分が「先生」と呼ぶのは変かもしれない。

 でも、だったら、何と呼んだらいいのだろう?


 自分の中でみのりは〝彼女〟だと定義づけているわけだから、苗字で呼ぶのは他人行儀な感じがして不自然だ。だからと言って、二俣のように「みのりちゃん」と呼ぶのも、あまりにも馴れ馴れしくて抵抗がある。呼び捨てにするなんて、もっての外だし、それだったら、みのりの親友の澄子のように、「みのりさん」と呼ぶしかないのだが…。





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