誠意と愛情 10
視線の先には、腕を組んだり、頭をなでたり、肩を抱いたり、朝だというのにイチャついているカップルがいる。そのカップルの態度が樫原の目に余るのか…と、遼太郎は思ったのだが…。
女の子の方が着ている、見覚えのある浅い緑のコートの色…。
近づいてくるカップルから、遼太郎も目を離せなくなった。
目を剥いて凝視する遼太郎と樫原の前を通って、そのカップルが大学構内へと入っていくとき、
「…やっぱり、彩恵ちゃん!!」
樫原が思わず声を上げた。
名前を呼ばれた彩恵は反射的に顔を向け、そこに遼太郎の存在を認めて、ハッとしたような表情を浮かべた。
けれども、歩みを止めることはなく前を向いて、〝新しい彼氏〟との手を繋ぎ直すと、朝の慌ただしい学生の波の中に消えていった。
唖然としてそれを見送った樫原が、ようやく口を開いた。
「…どういうこと?!」
動揺している樫原に比べ、遼太郎の態度は冷静なものだった。
「どういうことって、俺は愛想を尽かされてフラれたってことだよ。」
「ええっ!?」
樫原がいっそう大きく目を見開いて、遼太郎を見上げた。
「これで良かったんだよ…。」
そう言いながら、樫原に薄く笑い返して、遼太郎は自転車を押して歩きはじめる。
これは、自分が彩恵にした仕打ちの報いのようなものだ。別れを切り出して泣かれるよりも、ずっといい――。
あの新しい彼氏ならば、彩恵のほしいものを与えてあげられるだろう。何の迷いもなく、彩恵を抱きしめたいと思えるだろう。そして、お互いからの愛情を受け合って、その想いは本物へと育っていける。
だから、彩恵には、このことに関して罪悪感を持たないでいてほしい…。先ほどの彩恵のこわばった顔を思い出しながら、遼太郎はそう思った。
名残惜しそうに〝彼氏〟の手から離れた彩恵が、女友達と合流して、講義室の席に着く。
ノートの類いをバッグから出している時、スマホにメッセージが届いた。日常的な出来事に、彩恵はほとんど無意識にスマホを操作する。
文面を見て、彩恵の指の動きが止まった。唇を噛むと、瞳にジワリと涙がにじんでくる。
『今さらかもしれないけど、いろいろ辛い思いをさせてしまって、本当にごめん。あの彼氏と幸せになれることを祈ってます。』
あれほど彩恵が望んでいた遼太郎からのメッセージ…。
こんなふうにもらうなんて、本当に皮肉だった。
「狩野くんって…、ホント謝ってばかり…。」
隣にいる女友達に気が付かれないように、彩恵はつぶやいた。
それから、指を素早くスワイプさせて、赤い削除ボタンを表示させたが、タップはせずにそのままスマホをバッグへとしまった。




