表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
Rhapsody in Love 〜幸せの在処〜  作者: 皆実 景葉
誠意と愛情 Ⅱ
86/199

誠意と愛情 7





 途中、近道を兼ねて小さな公園を横切る。その時、とうとう彩恵から話を持ち出されてしまった。



「あのね、クリスマスのことなんだけど。私、いろいろ考えてみたんだ。」



 自転車を押しながら歩いていた、遼太郎の足が思わず止まる。



「狩野くんのことだから、どうせ何も考えてないでしょ?」



 歩を進めた彩恵は立ち止まって、遼太郎に振り返りながら、そう言って笑った。この数か月間で、彩恵の方も遼太郎の思考や行動のパターンが解ってきているようだ。


 その曇りのない彩恵の笑顔に怯んでしまって、遼太郎はなかなか口が開けない。



「素敵なレストランやロマンティックなデートスポットに行くことも考えたんだけど、きっとカップルでごった返してるだろうし…。それでね?狩野くん前に言ってくれてたでしょ?私のアパートに来てくれるって…。」



 硬い石のような唾をごくりと呑み込んで、遼太郎が何と言って答えようか迷っている内に、彩恵がさらに話を続ける。



「私、お料理頑張るから、小さなケーキを買って二人で……」


「茂森さん。」



 彩恵の言葉を遼太郎が遮った。これ以上は、あまりにもいたたまれなくて、もう聞いていられなかった。


 返事の代わりの視線を受けながら、遼太郎はナイフのような言葉を絞り出した。



「クリスマスは一緒にいられない。ラグビースクールの合宿があって、それに行かなきゃならない。」


「……。」



 クリスマスを心待ちにして晴れ渡っていた彩恵の顔に、影が差す。遼太郎を見上げる彩恵の眼差しが、少しずつ険しくなっていく。



「……初めて二人で過ごすクリスマスだから、楽しみにしてたのに…。それ、断れないの?」


「…うん。他に参加できるコーチも少ないらしくて、今から断ると迷惑かけるし…。」



 彩恵は遼太郎から視線を外し、周囲の遊具や木々に目を走らせてから、足元を見つめた。



 分厚い雲により日が陰った公園は、冷たい空気に覆いつくされ、人影もほとんどない。



「他の人は、きっとクリスマスだから参加しないんじゃない?狩野くんだって、私のことを一番に考えてくれてたら、その話を受けたりしないはずよ。」



 遼太郎の中では、彩恵を後回しにする気などさらさらなかったが、彩恵と同じように一緒に過ごすクリスマスを大事にする気持ちがあれば、話を受ける前に気が付いたはずだ。



「……ごめん。」



 自分の不実さに、自分でも嫌になる。

 でも、自分にとっては、ラグビースクールの合宿に行くことだって、大事なことだった。



 高校を卒業して終わりと思っていたラグビーとの関わりを、再び持つことができた。こうやって関わりを持てて、自分がやりたかったことを、やっと見つけられたような気がした。


 どうして彩恵は、そんな自分の心を理解してくれないのだろう。



 遼太郎はそんなことを思いながら、唇を噛んだ。うつむく彩恵の胸のところで組まれた両手の細い指を見つめるうちに、時だけが過ぎ去っていく。



「…狩野くんって、いつも謝ってばかり…。私は、狩野くんに謝ってほしいんじゃないって、分かってる?」


「…うん。分かってるよ…。」



 彩恵が求めてるのは、謝罪でも誠意でもなくて、ただ遼太郎の愛情だ。それを目に見える形で表現してくれるのを求めているだけだ。



「ウソ…!!分かってたら、どうして何度もこんなことを繰り返すの?!」



 彩恵の不満がとうとう爆発した。ずっと心に抱えていたことを、声を荒げて叫んだ瞬間、涙がほとばしって落ちた。



 『どうして?』と問われても、どうしてこうなってしまうのかは、遼太郎にだって分からない。とうとう泣き出してしまった彩恵を、どうやってなだめていいのかさえも、分からなかった。



「……悪かったよ。これからは気を付ける。」



と、遼太郎には、これまでと同じ言葉を繰り返すことしかできなかった。



「『これから』じゃない!…合宿は断って、私と一緒にいて!!」



 彩恵は首を横に振って、今回ばかりは遼太郎の言葉を受け入れなかった。しかし、遼太郎の方も、この彩恵の懇願を受け入れられない事情がある。



「…ごめん。合宿は断れないよ。」


「いや!!断って!!」



 彩恵は涙をあふれさせながら、鋭い目で遼太郎を見上げ、その目を見据えた。怒りと悲しみで、唇が細かく震えている。



 遼太郎も、要求ばかりを突きつけて情況を理解してくれない彩恵に、少し苛立った。自分は、彩恵の意のままに動かねばならない下僕ではない。



「いくら茂森さんがそう言っても、俺は、断らないよ。」



 堅固な意思が漂う遼太郎の視線に、彩恵の表情はもっと険しくなった。




評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ