誠意と愛情 6
遼太郎の重くどんよりとした心持ちとは裏腹に、街はクリスマスの色が日一日と濃くなっていく。
遼太郎が住んでいた芳野の街とは、比べ物にならないくらいのイルミネーション。東京では、特段どこかに出かけて行かなくても、芳野の街くらいのイルミネーションは楽しめた。
ちょうど一年前、芳野の街で見かけたみのりの姿が、目を閉じた遼太郎のまぶたの裏に浮かび上がってくる。白い天使の像を見上げるみのりは、自らもまばゆい光を放っているように綺麗だった。
教師という大人の世界にいるみのりをとても遠くに感じて、あの時も好きでいることが辛かった…。
だけど、そんな幻のようなみのりを、この腕に抱きしめた。頬を撫でて愛の言葉を囁き、キスを交わした。
遼太郎の中で繰り返されるその時の感覚。もう一度その感覚をたどりたい…。その欲求に気づいてしまうと、燃えるように体中が疼いた。そして、この欲求を押し止めるのに相当の努力を要し、何も手に着かなくなる。
綺麗なもの美しいものが、遼太郎の目に映るたびに、胸が震えみのりを思い出す。その度に遼太郎はこの現象に侵されて苦しんだ。
今は、自分が想い守らねばならない女性は、別にいる。それが解っているからこそ、なおさら遼太郎の苦悩は深くなった。
「晋ちゃん。今年のクリスマスはどうするの?彼女がいなくなって、寂しいね。」
そう佐山に尋ねたのは、樫原だ。佐山に同情するというよりも、面白がっているといった雰囲気だ。
秋が深まったころ、とうとう彼女と別れてしまった佐山だが、言い寄ってくる女の子が後を絶たないことくらい、遼太郎だって知っていた。しかし、愛を求めてさまよう佐山は、恋愛感情が抱けない相手とは付き合ったりしない。
階段状になった大講義室の中ほど、年季の入った机に頬杖をつきながら、佐山は怪訝そうな顔を樫原へと向けた。
「今年のクリスマスは、24も25もライブがあるんだ。俺らのファンと過ごすってことだな。」
「へー、それで、ファンの中の可愛い子を、お持ち帰りしちゃうんじゃない?」
「ばっ、バカ野郎!!そんなことするわけないだろ!!」
樫原のからかいの言葉に、佐山は顔を真っ赤にして反論した。
「猛雄、お前だって、相手はいないだろ?どうなんだよ?寂しいなら、俺のライブに来てもいいぜ。」
遼太郎は話を聞きながら、樫原の「相手」とは女なのか男なのか、そっちの方が気になった。
「おあいにく様。クリスマスは家族で過ごすって、我が家では決まってるんだよ~。」
樫原のお決まりのパターンを思い出した佐山は、肩をすくめて遼太郎と目を合わせた。
「…狩野くんは、…やっぱり彩恵ちゃんと過ごすんだよね?何か計画してるの?」
神妙な顔をして樫原が、今度は遼太郎へと尋ねてきた。本当は佐山のことよりも、はじめから遼太郎のことを訊き出したかったようだ。佐山もそれは気になっていたらしく、樫原と同じ面持ちで遼太郎を見つめた。
遼太郎はキュッと唇を噛むと、意を決したように一つ息を吐いた。
「…実は、ラグビースクールの合宿があって、同行しなくちゃいけないんだ…。」
「……え。」
状況を察して、樫原と佐山が言葉を逸する。
この前の彩恵のワガママぶりでは、一波乱ありそうな様相だ。容易にそれが想像できる二人は、何とも遼太郎に言葉をかけられなかった。
そうしている内に時刻が迫り、大講義室の教壇に教官が登壇した。前に向き直り、ノートを広げる遼太郎に、佐山がヒソヒソと囁きかける。
「これも、お前の言う『試練』なのかもな。…頑張れよ。」
佐山が予想した通り、時間をおかずにその「試練」は、容赦なく遼太郎に襲い掛かった。
明日から冬休みという寒い日、講義が終わって、遼太郎は彩恵から一緒に帰ることを持ちかけられた。
クリスマスまで、あと10日。その時が来たと覚悟を決め、日課にしている図書館通いをやめて、彩恵が利用する駅までの道を共にした。




