誠意と愛情 5
「狩野くん!教え方上手いねぇ。びっくりしたよ!吉住くん、本当にいい人を連れてきてくれたよ。」
練習が終わって、そう言ってくれたのは、このラグビースクールの代表をしている新谷コーチだ。還暦をとうに超えたお爺さんだが、まだまだ元気な現役のラガーマン。
「びっくりついでに、頼みたいことがあるんだが…。」
と、早速新谷コーチに持ちかけられる。
「…何でしょう?」
「今度の24日から3日間、高学年だけ合宿をする予定になってるんだ。それに、一緒に参加してやってくれんかね?」
思ってもみない話に、遼太郎の心は浮き立った。3日間も一緒にいられれば、子どもたちの顔と名前を憶えてしまえる。それどころか、一人一人のパーソナリティだって観察できるだろう。
「願ってもないことです。ぜひ参加させてください。」
と、二つ返事で、遼太郎はこの話を受けた。
早く24日が来ないかとワクワクして、気持ちが逸り始める。
しかし、そんな気持ちに水を差したのは吉住だった。
「狩野くん…。君、彼女とかいないのか?」
「…え?!」
やぶからぼうな問いに、自分の中にあるモヤモヤとした悩みの種の存在を意識して、遼太郎は固まってしまった。
「いや、狩野くんが行ってくれるのは、本当にありがたいんだよ?平日だし年末だから、仕事が休めないコーチが多いのもあるけど、日程にばっちりクリスマスが入ってるだろ?みんな敬遠しちゃってるんだ…。」
クリスマス……。吉住に言われるまで、遼太郎の思考にそのことはかすりもしなかった。
けれども、きっと彩恵は、二人で過ごすクリスマスの計画をあれこれ考えているに違いない。初めての彼氏が出来た初めてのクリスマスなのだから、それは当然だ。
遼太郎は、新谷コーチの姿勢のいい背中を見つめた。
…今更、断るわけにもいかない。他に合宿に行けるコーチも少ないとなれば、なおさらだ…。
遼太郎の中の悩みの種が、モヤモヤしたものからはっきりと形あるものに変化していく。
このことをどうやって彩恵に切り出せばいいか…。
そのことがずっと胸の中でわだかまって、遼太郎の頭上を覆う冬の日の雲のように、どんよりとした気持ちは、いつまでも晴れてくれなかった。




