誠意と愛情① 4
彩恵のワガママの奥にある不安が、遼太郎には手に取るように透けて見える。
遼太郎のことが信じられないから、彩恵は不安になる。信じられないのは、愛情を感じられないからだ。
彩恵は〝愛しい〟と思えばこそ出てくる言葉を語られたこともなく、感情を映して自然と出てくるはずの行為…抱きしめたりキスをしたり、そんなことも二人の間では交わされていない。
それどころか、手を繋ぐことさえも、遼太郎は躊躇した。
彩恵の方から歩み寄るために何度もアプローチされているのに、それに応えられない自分――。
「付き合おう」と言っておきながら、こんなふうでは彩恵が不安になって当然だ。
それを自覚するたびに、遼太郎は申し訳ない気持ちでいっぱいになる。申し訳ない気持ちになればなるほど、遼太郎は彩恵に優しくした。愛情の代わりに、誠意を込めて…。
そうやって、なまじ遼太郎が優しいから、彩恵はいっそうワガママになった。遼太郎からの幻のような愛情を確かめるために…。
重苦しくなった足取りで、3人は次の講義に向かう。空は青く晴れ渡り、優しい日射しが照らしてくれていたが、それ以上に冷たい木枯らしがビルの合間を吹き渡り、寒さで3人は身を縮めた。
そんな中、佐山が再び口を開く。
「…でも、遼太郎…。おせっかいついでに言っとくけど、お前の気持ちはどう言ってる?俺の経験上、好きだっていう感情が持てない相手と付き合い続けても、お互いのためにならないぜ。」
まるで、遼太郎の心を見透かしたような佐山の言葉。
プレーボーイとして何人もの女の子と付き合ってきたらしい佐山だが、その時その場では真剣に恋愛の経験も積んできている。その経験を踏んでいるからこそ、今の遼太郎の状態を正確に見取っていた。
これまで側で見守ってくれていたけれども、きっと見るに見兼ねての言葉なのだろう。
遼太郎はこの言葉を、ありがたく受け止めて、否定も肯定もしなかった。ただ、寂しそうな笑顔を見せて、一つ頷く。
「うん、分かってる…。これは俺の試練なんだ…。」
「…試練…?」
遼太郎の受け答えに、樫原も首をかしげたが、遼太郎はそれについてそれ以上何も語らなかった。佐山と樫原もお互いの目を見合わせて、それ以上このことを話題にするのをやめた。
日曜日、ラグビースクールのコーチに行くようになった遼太郎は、緊張する心持とは裏腹に、すんなりとそこへ受け入れられた。
同じスポーツをする仲間は、こんなにも通じ合えるものなのか…。そう思えるくらい。
以前、少しだけ練習を共にした子どもたちのおかげで、スクール生たちに警戒されることもなかった。他のコーチたちより子どもたちに近い遼太郎の存在は、大きなお兄ちゃんといったところだ。
練習は低学年・中学年・高学年に分かれて行われている。
若くて活きがいいということと、コーチの数が足りなかったということで、遼太郎は高学年の練習に入ることになった。といっても、練習を主導してくれるのはベテランのコーチで、遼太郎は他のコーチたちと共にサポートをするというかたち。
それでも、小学生とはいえ、高学年ともなれば練習もかなり本格的になってくる。つい1年前まで、遼太郎自身が毎日繰り返していた練習を、今目の前にいる小学生たちが行い、少しずつ強くなっていくというワクワク感は、何とも言い難いものだった。
二人一組になって、タックルをし合う練習をしている中で、こわごわしている子どもがいて、遼太郎の目に留まった。
「目をつぶると危ないぞ。当たる瞬間も、しっかり目を開けて相手を見ないと。」
遼太郎に声をかけられて、二人が目を向けた。
「…でも、コーチ。怖くて思わず、目をつぶっちゃう。」
「コーチ、こいつはこの前ラグビーを始めたばっかだから。」
確かに、ラグビーを始めたばかりとあれば、タックルが怖いと思っても無理はない。ニッコリと遼太郎は微笑みかける。
「だけど、目をつぶると本当に危ないんだ。逆ヘッドになったりもするし。」
「逆ヘッド?」
「自分の頭が相手の前に来ることだよ。相手も押してくるから、首の骨を折るかもしれない。相手の膝で頭を蹴り上げられたりもするよ。」
「げっ…!!」
二人の子どもたちは、ますます顔をこわばらせた。このままでは、怖がらせるだけなので、遼太郎は少し焦った。
「いや、だけど。きちんと正しいタックルを練習したら、怪我は防げるし相手を倒せる確率も上がるよ。」
「そっか、目をつぶらなきゃいいの?」
「うん、ちゃんと見なきゃ、当てずっぽうでタックルすることになるからね。それから、確実に肩を当てて、頭を相手の背中側に。」
「わかった!」
始めたばかりという子の方が、構えて実際にやってみる。
「背中を丸めて、首もすくめて、小さくなって低く構えて。」
遼太郎に言われるとおりに、構えるポーズを修正する。それから、踏ん張っているもう一方の子に思いっきりぶつかっていった。
「そう!ぶつかったら背筋を伸ばして!足をかいて前に出て!今、相手のお尻に自分のほっぺが当たってるだろ?それで、回している腕を自分の方に引き寄せると…」
相手役になっている子は、踏ん張っていたにも関わらず立っていられなくなって、ゴロンと倒れた。
「ナイスタックル!!」
遼太郎が満面の笑みでそう言うと、倒した子も倒された子も同じような笑顔になった。
「よし!今度は俺がやってみるぜ!」
倒された子は、すぐさま立ち上がった。遼太郎に教えられたことをすぐにでも実践してみたくて、たまらないようだ。
同時に、遼太郎は子どもたちの意欲と吸収力に驚いていた。
教えたら教えた分だけ伸びていってくれるのなら、育てる喜びも感じられる。自分の技術を伝授して、立派な選手に成長してくれたら、それはどんなに嬉しいことだろう。




