誠意と愛情 3
けれども、ここでの約束はその数日後、怪しい雲行きを運んでくる。
「狩野くん。今日の講義が終わった後、渋谷で買い物したいの。一緒に行ってね?」
そう声をかけてきた彩恵の前で、男3人は顔を見合わせた。
「彩恵ちゃん、残念!今日、狩野くんは僕たちとバッティングセンターに行くことにしてるんだ。」
この樫原の言葉に、彩恵の表情が曇る。
「…ホントなの?」
遼太郎を見上げて、彩恵が確認する。
「…うん…。」
遼太郎は肩をすくめて、樫原に同意した。すると、彩恵は下唇を噛んで、一歩遼太郎へと歩み寄る。
「じゃあ、狩野くんは樫原くんたちと行っちゃうの?」
何かをねだる時にする仕草。うつむいて、遼太郎の袖口をギュッと握った。
遼太郎は自分の袖口に視線を落としてから、樫原と佐山に困惑した目を向けた。
「それじゃ、茂森さんも一緒に来ればいいよ。遼太郎がかっ飛ばす、カッコいいとこ見たいだろ?」
気を利かせて、佐山がそう提案する。けれども彩恵は、恨めしそうな目つきで佐山を見返しただけで、再び遼太郎の袖口を見つめうつむいた。
「でも、…私。今日は狩野くんと渋谷に行きたいの。バッティングセンターは、またにするか、樫原くんと佐山くんだけで行ってもらって。」
彩恵のこの言動に、佐山と樫原の顔色が変わった。遼太郎はそんな佐山と樫原に気付いていたが、これまでの経験上どうしなければならないか、十分に心得ていた。
「……うん、分かったよ。バッティングセンターはまたにする。」
遼太郎はあっさりと、彩恵とのデートを選択してしまった。
眉間に皺を寄せて、佐山の表情が険しくなり、樫原は口をパクパクさせて、信じられないものでも見るようだ。
「よかった…!それじゃあ、また後で!」
遼太郎の鶴の一声で彩恵の表情は明るくなり、そのまま手を振って駆けて行く。
その後ろ姿を見送ってから、遼太郎は二人に向き直って頭を下げた。
「…悪い。こっちが先約だったのに、ドタキャンして。」
佐山はしばらく不穏な目つきで遼太郎を見つめていたが、一息抜いて、口を開いた。
「…遼太郎。甘すぎだよ。そんなふうに甘やかしてたら、そのうち舐められて下僕のように扱われるぜ。」
「狩野くんが悪いんじゃないよ。…あれは、彩恵ちゃんの方がひどいと僕は思う。」
樫原はそう言って遼太郎を弁護したが、憤慨している様子は佐山と変わらなかった。
「…いや、本当にすまない。でも、茂森さんとは約束してたんだ。どこでも行きたいところには付き合うって…。」
遼太郎がそう弁解しても、樫原は、自分たちとの約束を反故にされた怒りがくすぶって、その矛先は彩恵へと向けられる。
「彩恵ちゃんって、ちょっと可愛いけど、けっこうヤな女なんだね!!」
女同士の陰口みたいな樫原の言い方に、佐山はさすがに閉口する。
「…猛雄、お前。茂森さんは、仮にも遼太郎の彼女だぞ。」
「でも!すっごいワガママじゃない。ああやって駄々をこねてねだれば、何でも自分の思い通りになると思ってるみたい!」
「確かに、女のワガママは可愛く思える時もあるけど、さっきのあれは、さすがにちょっとウザかったな…。」
「そうだよ、狩野くん。ひんしゅく買ってる空気も読めないような子。もう!別れちゃいなよ!!」
まるで、彩恵に個人的な恨みがあるみたいに、樫原の言い方にはトゲがあった。
「猛雄!言いすぎだぞ!!別れるとかそんなことは、遼太郎の気持ちが決めることだ。お前のとやかく言うことじゃない。」
ピシャリと佐山に諌められて、樫原は亀が首をひっこめるみたいに小さくなって、遼太郎の顔を見上げた。
「…ごめん。僕、余計なことまで言っちゃった…。」
複雑な表情の遼太郎が、静かに首を横に振る。
「大丈夫。気にしてないよ。それに、茂森さんがあんなふうになるのは、俺に原因があるんだ。」
佐山と樫原は、その、『原因』なるものを聞き出したかったが、色んな思いを含んだ遼太郎の顔を見ると、とても詮索できる雰囲気ではなかった。




