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Rhapsody in Love 〜幸せの在処〜  作者: 皆実 景葉
遊園地 Ⅰ
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遊園地 1



 約束の時間が迫っているのに、みのりはなかなか着ていく服が決まらなかった。

 そう沢山の洋服を持っているわけではないのに、いつもならばパッと思いついた服を適当に着ているのに、今日は変に考えてしまって、着てみては脱ぐの繰り返しだった。



 こうなってしまう理由は解っている。遼太郎に似つかわしい自分でいたいという〝欲〟が、判断力を鈍らせているのだ。


 思い切って若ぶった服を着ても浮いてしまうし、いつものような格好をすれば、遼太郎とあまりにも釣り合いが取れない。

 そもそも十二歳も年上なのだから、服を変えたくらいで遼太郎に似つかわしくなれるはずがないことも分かっているのだが、それでも少しでも…と思うのが恋心というものだ。



 結局、最初に考えていたように、コットンのセーターにハーフパンツを合わせ、カジュアルなスプリングコートを羽織った。部屋中に散らばった服たちは、片付ける暇などないので、そのままにして出かけることにする。



 バッグを持ちブーツを履いたところで、玄関のチャイムが鳴った。

 ドアを開けると……、そこには恋しくて会いたくてたまらなかった人が立っていた。その姿を見た瞬間、その胸に飛び込んでいきたい衝動を、みのりはグッと我慢した。


 間髪いれず、すぐにドアが開いたので、遼太郎の方も少し驚いているようだ。



「迎えに来てくれて、ありがとう。下に降りて待ってようと思ってたんだけど。」



 焦った雰囲気が漂うみのりの言葉に、遼太郎はいつものように、はにかんだ笑顔を見せた。



「車に乗ってきたんだよね?車はどこに停めた?下の駐車場?」



と言いながら、アパートの廊下を歩きだしたみのりの背中に、遼太郎が声をかける。



「先生。ドアのカギはかけないんですか?」



「…えっ…!?」



 みのりは慌てて戻って、バッグから鍵を取り出してしっかりと施錠した。決まり悪そうにチラリと遼太郎を見上げるみのりを、遼太郎は笑いを含ませた顔で見下ろした。



「いつもはちゃんと鍵はかけてるから、心配しないで。」



 遼太郎が取り越し苦労を口にする前に、みのりはそう言ってくぎを刺した。遼太郎も、口まで出かかっていた言葉を呑み込む。


 みのりはそう言い繕ってみたが、帰宅したときに鍵がかかっていなくて、〝施錠せずに出勤してしまったことに気が付く〟といったことが、これまでに何度かあったことは黙っておいた。

 この前の城跡での遼太郎を思い出すにつけても、そんなことを言おうものなら、きっとまた叱られるに違いない。



 駐車場の空きスペースには、大きなワゴン車が停まっていた。遼太郎は甲斐甲斐しく助手席側に回って、そのドアを開けてみのりを促した。



「車高が高いから、ちょっと乗りにくくて、すみません。」


「免許取ったばかりで、いきなりこんな大きな車運転しちゃうの?すごいね。」



 運転席に乗り込んだ遼太郎は、シートベルトを締めて肩をすくめた。



「本当は母さんの軽自動車を借りようかとも思ったんですけど、先生を乗せて高速道路も走るんで、こっちの車にしたんです。」


「それでも、セダンじゃなくてワゴン車って。狩野くんのお家は、大家族なの?」


「大家族じゃないけど、セダンの後部座席に姉ちゃんと俺と弟の3人はちょっときついんで…。特に、俺と弟が大きくなったから。」



 遼太郎はすべるように車を発進させながら、そう言って白い歯を見せた。



「えっ…!弟?狩野くん、弟がいるの?」



 初めての聞くその事実に、みのりは目を丸くして驚いている。



「はい。今度4月から中学3年です。」


「ということは、受験生ね。芳野高校受けるの?」


「さあ、そのつもりだと思いますけど…。あいつ、勉強嫌いだから、どうなるか…。」



 遼太郎は呆れているような笑顔を見せて、チラリとみのりの方へと視線を向けた。



「弟さんが芳野高校に入ってからも、私はまだ2年いるはずだから、教えることになるかもね。」



 みのりが柔らかい笑顔を向けると、遼太郎はグッと息を呑み込んでから、会話を続けた。



「…でも、個別指導はやめといた方がいいと思います。」


「あら、なぜ?」


「…なぜって…。」



 遼太郎は言葉を詰まらせた。

 本音を言えば、みのりには誰の個別指導もしてほしくなかった。特に、男子に対しては。たとえ、それが自分の弟だったとしても。



「1、2年生の内は、余程のことがない限り、個別指導はしないとは思うけどね…。」



 みのりは質問に答えてくれない遼太郎の代わりに、そう言って結論づけた。



 みのりは教師なのだから、自分にしてくれたように他の生徒にも接するのは、遼太郎だって分かっている。ましてや、みのりは熱心な教師で、みのりのそんなところも大好きだった。だから、こんな嫉妬のような感情は、遼太郎自身も嫌な感じがした。





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