小さなラガーマン 6
「できたら、またこうやって手伝ってくれたら嬉しいんですけど。」
練習が終わって帰ろうという時、吉住コーチからそう言葉をかけられた。
「こうやって…?」
脱ぎ捨てていたモッズコートを拾い上げながら、遼太郎は吉住を見つめ返す。吉住から差し出されたスポーツドリンクを、会釈をしながら受け取った。
「実は、転勤なんかでコーチがたて続けにいなくなって、困ってて…。大急ぎで新しいコーチを探していたところだったんです。」
どうりで、〝経験者〟の匂いがする遼太郎のことを、血相変えて追いかけてきたわけだ。
スポーツドリンクを口に含み、渇いたのどを潤して、遼太郎は肩をすくめた。
「僕は高校でしかやってないんですが、僕なんかが務まるでしょうか?」
「いや!それは大丈夫!!」
吉住は日に焼けた顔から白い歯をのぞかせて、ニッコリと笑った。
「今日の君を見てたら、初めてとは思えないくらい馴染んでたよ!経験だって、俺も高校でやってただけだし。」
それを聞いて、安心したように遼太郎も笑う。
この前の夏休み、芳野高校の部活に顔を出して、初心者の1年生の練習に付き合ったのが功を奏しているのかもしれない。
遼太郎のその笑顔は、無言の了承だった。
出来ることなら、またここに来てこうやって練習を共にしたいと思っていたのは、遼太郎の方だった。
〝コーチ〟という肩書は、少しくすぐったく感じるけれども…。
「このグラウンドを借りての練習は、有志による不定期なものなんだ。正規の練習は、別の所で毎週日曜日の午前中にやってるから。スクール生ももっとたくさん来るよ。」
それから、今度の日曜日、吉住の車で一緒に練習に連れて行ってもらうことになり、メールアドレスの交換などをして、吉住と別れた。
すでに辺りはとっぷりと暮れて、暗くなってしまっている。
久しぶりにラグビーで汗を流した爽快感と、新しい場所へ踏み出そうとしている高揚感。
最近では感じることのなかった感覚に浸りながら、佐山がバンドをしているように、自分も熱中できることを見つけられたような気がした。
大学まで戻って、自転車に乗って家路をたどる。晴れていても星の見えない東京の夜空を見上げて、みのりへと思いを馳せる。
こんなことがあると、どうしようもなくみのりに会いたくてたまらなくなる。
――…でも、俺は、まだまだ……だ。
まだ、みのりに会いに行けない。
みのりが示してくれた〝宿題〟は、まだ半分も達成できていない。
それでも、ほんの少しだけ、遼太郎はみのりのいる場所へと、近づけたように感じていた。




