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Rhapsody in Love 〜幸せの在処〜  作者: 皆実 景葉
小さなラガーマン
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小さなラガーマン 5



 グラウンドでは、吉住が言った通り、高校生と中学生が練習する片隅で、ずっと体の小さな小学生が練習をしていた。吉住のほかに、もう一人コーチが来ている。


 吉住が連れてきた初めて会う、しかもかなり歳若い遼太郎に、小学生たちが群がってくる。



「吉住コーチ!この人誰ですか?」


「ええと…。」



 吉住が口ごもって視線を向けたので、遼太郎はまだ自分が自己紹介していないことに気が付いた。



「狩野遼太郎です。法南大学の1年生です。」


「狩野コーチ、ポジションは何してたんですか?」



――…か、狩野コーチ?



 子どもたちは、遼太郎のことを、すっかり新しいコーチだと思い込んでいるらしい。けれども、遼太郎はその辺の細かいことを、敢えて否定はせずに、子どもたちに話を合わせる。



「高校の時は、はじめはセンター、それからスタンドオフをやってました。」


「おおぉ!スタンドオフ!!かっけー!!」



 遼太郎が答えると、子どもたちの顔が一斉に輝く。



「お!俺も、スタンドオフ!番号だけ。」



と、一人の男の子は背中を向けて、「10」の背番号を見せてくれた。遼太郎の周りの子どもたちから、一斉に笑いが起こる。



 子どもたちは遼太郎を囲んで、ひとしきり盛り上がったが、貴重な練習場所を確保できた貴重な時間だから、あまりゆっくり話をしてもいられない。それからほどなくして、練習が再開された。



 遼太郎は先ほどと同じく、しばらく練習風景を眺めていた。

 小学生の練習なので、高校生のそれのように、生徒たちがお互いに練習の相手になるということが難しく、案の定コーチの手が足りなくなる。


 遼太郎は見るに見かねて、コンタクトバッグを持って、ボールを持ってぶつかってくる子どもを受け止める役を買って出た。


 相手が小学生なので、どのくらいの力で押し返せばいいのか戸惑いもあったが、体の大きな高学年の子のぶつかってくる衝撃の強さに驚いた。



「うん、当たりはいいけど、試合の時は相手も必死で押してくるぞ。」



と、遼太郎も足を踏ん張って少しだけ押し返す。すると、子どもの方も必死で押してくる。



「よし、サポートに来い!」


 次に待っている子どもに促すと、その子は走り寄ってきて、遼太郎と押し合いをしている子からパスを受け、遼太郎の背後に引かれている仮想のゴールラインの向こうにトライを決めた。



「よし!じゃあ、次!!」



と言って、並んでいる子どもに向き直ると、次の子はまだ幼稚園生みたいだ。小さな体にちゃんとラグビージャージを着て、大きなヘッドキャップをかぶっているのが、何とも可愛らしい。

 それでも一生懸命にぶつかってくるので、遼太郎がちょっと押し返してやると、コロンと仰向けに転がってしまった。



「ほら、サポートに来ないとオーバーされるぞ!」



 思わず湧いて出てくる笑いを堪えつつ、次の子にそう指示すると、次の子は地面に落ちているボールを拾って走り、トライをする。



――こんな風に、自分の子どもと一緒にラグビーをするのも楽しいだろうな……。



 まだ想像もつかない自分の未来だったが、子どもたちの様子を見ながら、遼太郎は漠然とそんなことを思った。



 けれども、その遼太郎の子どもを傍らで見守っている母親は……、彩恵ではない。

 優しい眼差しで微笑みを湛えてくれている。遼太郎の感覚の中でそんな表情が出来るのは……、みのりだけだ。


 自分の今の境遇と、自分の本心との間にある矛盾に気が付いて、遼太郎の心に影が差す。



 みのりには、日々の生活で起こる些細な出来事を、どんなことでも伝えて、分かち合いたいと思う。こんなふうにラグビーに関わる嬉しい出来事だと、なおさら。

 このことを聞いた時の、みのりの嬉しそうな優しい笑顔を思い描いただけで、遼太郎の心は切なく震えた。



「狩野コーチ!次、行きます!!」



 元気な声をかけられて、遼太郎は我に返る。



「よし!来い!!」



 遼太郎も負けずに元気な声を出して、コンタクトバッグを構え直した。



 こんなふうにラグビーに関わっていると、自分の心の中の矛盾や切ない痛みも、この時だけは忘れられた。ラグビーボールを介して、子どもたちと共に、心の底から笑うことが出来た。





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